「そうだ。君のいうとおりだ。こりゃ何もおやじの仕業ときまっているわけじゃない。お
れはどうかしているんだ。昨夜眠らなかったものだから、神経が変になっているんだ。し
かし、おやじでないとすると誰が……首を斬きり落としていくなんて、ふつうの人間の出
来ることじゃない」
「君のお父さんなら出来るというのかい」
直記はまた弾かれたように私のほうを振り返ったが、やがて、いらいらした調子で、
「屋代、まあ、考えてみろ。われわれの年とし頃ごろの人間は、文化というやつに去勢さ
れているから、とても刀を振りまわすような度胸はない。おれなんざ白はく刃じんを見た
だけでも血管がしびれるような気がするんだ。おれが人殺しをする場合には、きっと刃物
以外の方法をえらぶだろう。ところがおやじはちがうんだ。おやじは今年六十五だが、お
やじの生まれた明治二十年前後の日本は、まだまだ殺伐な時代だったろう。それにおやじ
のおやじというやつがいる。こいつは文字どおり維新の白刃の下をくぐって来ている。人
を斬るぐらい屁へとも思ってやアしねえ。おやじはこういう爺じいさんに教育されて成人
したんだ。おれたちとは神経がちがう。だから、ここに斬り殺された人間があるとなる
と、一番におやじを連想するのも無理じゃあるめえ」
直記はたしかに神経が変になっているんだ。ゴトゴト部屋のなかを歩きまわりながら、
のべつやたらに喋舌しやべっている。まるで話の切目がおそろしいというふうに。私は私
でかれのいらいら歩きまわる足音と饒じよう舌ぜつをきいていると、自分まで気が変にな
りそうだった。
「止よしてくれ、仙石、そのゴトゴト歩きまわるのだけは止してくれ。第一あまり歩きま
わると、証拠を消してしまうおそれがあるぜ。警官が来るまで現場は出来るだけ、そのま
まの状態で保存しておかなきゃいけないんだ」
「警官? おい寅とらさん、それじゃ君はどうしても警察へ報らせるというのかい」
「まあ、お聞き。仙石、これが君と僕だけなら、あるいは君のお望みにまかせてもいいか
も知れん。しかし、四よ方も太たという人がいる」
「四方太!」
仙石は呻うめくような声をあげた。
「あの人はいまごろ放送局みたいに、この惨劇をふれまわっているにちがいないぜ。しか
も、それを聴いた者のなかには雇人というやつがいる。雇人は他人だからね」
直記はまた呻き声をあげた。
「それじゃ、どうしても駄目かね」
「そうだ。しかも一刻も早いがいい。しかし、そのまえに一応決定しておこうじゃない
か」
「決定? 何を決定するんだ」
「まず第一にこの死体の身み許もとさ」
「君はこれをまだ守衛だと、思っているのかい。しかし、この洋服は、蜂屋のもんだぜ」
「着物なんかどうにでもなる。あとから着せかえることさえ出来るんだ」
「ふうむ、さすがに探偵小説家だけあってなかなか疑いぶかいんだね。よし。しかし、ど
うして決定することが出来るんだ」
「それをぼくも考えているんだが、間接的な方法としては家の中を捜すことだね。これが
蜂屋なら守衛さんがどこかにいる筈だし、これが守衛さんなら、蜂屋がどこかに生きてい
る筈だ。しかし、もっと直接的な方法としては、この死体を裸にして調べるんだね」
「裸にしたってわかりゃしねえ。おれには佝僂の区別なんかつきゃしないよ。君、分るか
い」
「いや、僕にだって分りゃしないが、しかし蜂屋なら、動かすことの出来ない、れっきと
した特徴がある筈だ。君は忘れたのかい。蜂屋は去年キャバレー『花』で、八千代さんに
狙そ撃げきされている。その傷きず痕あとが、太ふと股ももにのこっている筈だ」
直記はまたギラギラする眼で私をにらんだ。