「金田一さん、どうかしましたか」
「いえね。警部さん、ぼくはいま警部さんのおっしゃった言葉から、とても恐ろしいこと
を連想したんです」
「恐ろしいこととは……?」
「警部さんはいま、そいつの願望が非常に深刻かつ、凶暴なものになっていると思わなけ
ればならぬとおっしゃったでしょう。ところで、死体を手に入れるということは、そう楽
な仕事じゃありませんね。ことに若い女の死体と限定されているんですから。だから、死
体が手に入らないとすると……」
「死体が手に入らないとすると……?」
「自分の手で死体をつくろうと考えだすんじゃないかと……」
「金田一さん!」
警部はギョッとしたように、激しい視線を金田一耕助のほうへ向けて、
「それじゃ、この事件の犯人は、いずれ殺人を犯すだろうと……」
「とにかく、昨夜、警官をひとりやっつけているんですからね」
金田一耕助は軒をつたう雨垂れのように、ポトリと陰気な声で呟つぶやいた。
警部はなおも激しい眼つきで、金田一耕助の顔を見つめていたが、突然、強い語調で叫
ぶように、
「いいや、そういうことがあってはならん。断じてそういうことはやらせん。そのまえに
あげてしまわなきゃ……」
「樋口は一か月まえに出獄してるンですね」
「ええ、そう」
「それからの行動は……?」
「いまそれを調査中なんですがね。あいつはそうとう財産をもってるだけに厄介なんで
す」
「この被害者、河野朝子、あるいはブルー・テープとのコネクションは……?」
「いや、それもいま調査中なんですがね。間もなくここへ、ブルー・テープのマダムがく
ることになってるンです。それに聞けばなにかわかるかもしれない」
ブルー・テープのマダム水木加奈子が、ふたりの女をつれて駆けつけてきたのは、それ
から間もなくのことだった。ふたりの女とはいうまでもなく、養女のしげると女給の原田
由美子である。
三人は井川警部補に案内されて、アトリエのなかへ入ってくると、緊張した面持ちで屛
風のなかをのぞきこんだが、ひと目死体の顔を見ると、三人ともすぐに眼をそらした。
「もっとよく見てください。河野朝子に違いありませんか」
「はあ、あの……」
加奈子は口にハンカチを押しあてたまま、もう一度恐ろしそうに死体に眼をやったが、
「はあ、あの、朝子ちゃんに違いございません。どうお、しげるも由美ちゃんも?」
「ええ、あの、ママのいうとおりよ。朝子ちゃんにちがいないわね、由美ちゃん」
「ええ」
由美子は死体から眼をそらすと、恐ろしそうに身ぶるいをする。
「いや、ありがとう。それじゃちょっとあんたがたに訊きたいことがあるんだが、ここ
じゃなんだから、むこうの隅へいきましょう」
等々力警部は三人の女をうながして、アトリエのべつの隅へみちびいた。
金田一耕助は少し離れて、それとなく三人の女を観察している。これが事件に突入した
ときのかれの習癖なのだ。どんな些さ細さいな関係でも、事件につながりのあるとみられ
た人物は、かれの注意ぶかい観察からのがれることはできないのだ。
「マダムは樋口邦彦という人物を知っちゃいないかね」
等々力警部の質問にたいして、加奈子はあらかじめ予期していたもののように、わざと
らしく眉まゆをひそめて、
「ええ、そのことなんですの。今朝、新聞にあのひとのことが出ているのを見て、すっか
りびっくりしてしまって……」
こういう種類の女の年齢はなかなかわかりにくいものだが、水木加奈子はおそらく三十
五、六、あるいはもっといってるかもしれない。大柄のパツと眼につくような派手な顔立
ちだ。どぎついくらい濃い紅白粉も、豊満な肉体によく調和している。身ぶりや表情もそ
れに相応して、万事大げさだった。