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阿势登场 五

时间: 2022-04-04    进入日语论坛
核心提示:五 その夜八時頃になると、おせいによって巧みにも仕組まれた、死体発覚の場面が演じられ、北村(きたむら)家は上を下への大騒ぎ
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 その夜八時頃になると、おせいによって巧みにも仕組まれた、死体発覚の場面が演じられ、北村(きたむら)家は上を下への大騒ぎとなった。親戚(しんせき)、出入の者、医師、警察官、急を聞いてはせつけたそれらの人々で、広い座敷が一杯になった。検死の形式を略する訳には行かず、態と長持の中にそのままにしてあった、格太郎の死体のまわりには、やがて係官達が立並んだ。真底から(なげ)き悲しんでいる弟の格二郎、偽りの涙に顔を(よご)したおせい、係官に混ってその席に(つらな)ったこの二人が、局外者からは、少しの甲乙もなく、どの様に愁傷らしく見えたことであろう。
 長持は座敷の真中に持ち出され、一警官の手によって、無造作(むぞうさ)に蓋が開かれた。五十燭光(しょっこう)の電燈が、醜く歪んだ、格太郎の苦悶の姿を照し出した。日頃綺麗(きれい)になでつけた頭髪が、逆立つばかりに乱れた(さま)断末魔そのものの如き手足のひっつり、飛び出した眼球、これ以上に()き様のない程開いた口、若しおせいの身内に、悪魔そのものがひそんででもいない限り、一目この姿を見たならば、立所(たちどころ)悔悟(かいご)自白すべき筈である。それにも拘らず、彼女は流石にそれを正視することは出来ない様子であったが、何の自白をもしなかったばかりか、白々しい(うそ)八百を、涙にぬれて申立てるのだ。彼女自身でさえ、どうしてこうも落ちつくことが出来たのか、仮令人一人殺した上の糞度胸(くそどきょう)とはいえ、不思議に思う程であった。数時間(ぜん)、不義の外出から帰って、玄関にさしかかった時、あの様に胸騒がせた彼女とは(その時も(すで)に十分悪女であったに相違ないのだが)我ながら別人の観があった。これを見ると、彼女の身内には、生れながらに、世に恐るべき悪魔が巣喰(すく)っていて、今その正体を現し始めたものであろうか。これは、後程(のちほど)彼女が出逢ったある危機に()ける、想像を絶した冷静さに(ちょう)しても、外に判断の下し方はない様に見えるのだ。
 やがて検死の手続きは、別段の故障なく終り、死体は親族の者の手によって、長持の中から他の場所へ移された。そしてその時、少しばかり余裕を取返した彼等は、始めて長持の蓋の裏の掻き傷に注意を向けることが出来たのである。
 若し、何の事情も知らず、格太郎の惨死体を目撃せぬ人が見たとしても、その掻き傷は異様に物凄(ものすご)いものに相違なかった。そこには死人の恐るべき妄執(もうしゅう)が、如何なる名画も及ばぬ鮮かさを以て、刻まれているのだ。何人(なんぴと)も一目見て顔をそむけ、二度とそこへ目をやろうとはしない程であった。
 その中で、掻き傷の画面から、ある驚くべきものを発見したのは、当のおせいと格二郎の二人丈であった。彼等は死骸と一緒に別間(べつま)に去った人々のあとに残って、長持の両端(りょうたん)から、蓋の裏に現れた影の様なものに異様な凝視をつづけていた。おお、そこには一体何があったのであるか。
 それは影の様におぼろげに、狂者の筆の様にたどたどしいものではあったけれど、よく見れば、無数の掻き傷の上を覆って、一字は大きく、一字は小さく、あるものは斜めに、あるものはやっと判読出来る程の歪み方でまざまざと、「オセイ」の三文字(もんじ)が現れているのであった。
(ねえ)さんのことですね」
 格二郎は凝視の目を、そのままおせいに向けて、低い声で云った。
「そうですわね」
 ああ、このように冷静な言葉が、その際のおせいの口をついて出たことは、何と驚くべき事実であったか。無論、彼女がその文字の意味を知らぬ筈はないのだ。瀕死(ひんし)の格太郎が、命の限りを尽して、やっと書くことの出来た、おせいに対する呪いの言葉、最後の「イ」に至って、その一線を(かく)すると同時に悶死をとげた彼の妄執、彼はそれに続けて、おせいこそ下手人(げしゅにん)である(むね)を、如何程か書き度かったであろうに、不幸そのものの如き格太郎は、それさえ得せずして、千秋(せんしゅう)遺恨(いこん)(いだ)いて、ほし固って了ったのである。
 併し、格二郎にしては、彼自身善人である丈に、そこまで疑念を抱くことは出来なかった。単なる「オセイ」の三字が何を意味するか、それが下手人を指し示すものであろうとは、想像の(ほか)であった。彼がそこから得た感じは、おせいに対する漠然たる疑惑と、兄が未憐(みれん)にも、死際(しにぎわ)まで彼女のことを(わす)られず、苦悶の指先にその名を書き止めた無慙の気持ばかりであった。
「まあ、それ程私のことを心配していて下すったのでしょうか」
 暫くしてから、言外に相手が已に感づいているであろう不倫を悔いた意味をもこめて、おせいはしみじみと歎いた。そして、いきなりハンカチを顔にあてて、(どんな名優だって、これ程空涙(そらなみだ)をこぼし()るものはないであろう)さめざめと泣くのであった。

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