ギリシアの都アテネでは、大騒ぎになりました。
「おい、聞いたか? 敵がアテネに攻め込んで来るらしいぞ。そうなれば町はつぶされ、大勢の女や子どもたちまで死ぬことになる」
人々は、そう思って心配しました。
そこでギリシア軍の力ルミデス将軍は、作戦を考えました。
「マラソンの野で、敵軍をくいとめよう。あそこはアテネから遠く離れているから、あそこで戦えばアテネの町は大丈夫だろう」
ところがもうそのとき、敵のペルシア軍は、マラソンの近くの海に船で攻め込んでいたのです。
ペルシア軍の船の数は多く、まるで海の中に、新しい陸地ができたようにみえました。
「どうやら敵の数は、こちらの二倍以上はありそうだ。このままでは勝てないかもしれない」
困った将軍は、フィリッピデスという兵士を呼んでいいました。
「お前は足が速いから、となりのスパルタ国まで使いに行ってくれ。手伝いの軍隊をよこしてくれるように、たのんでくるのだ」
「はい、わかりました!」
フィリッピデスは、すぐかけだしました。
マラソンからスパルタまでは遠く離れており、普通の人は片道でも三日はかかります。
フィリッピデスはなんと、それを一日で行って帰ってきたのです。
そして、将軍にいいました。
「手伝いには来てくれるそうですが、満月の時でなければ軍隊を動かしてはいけないという言い伝えが、スパルタにはあるそうです。でも月が丸くなるまでは、まだ七日ありますから、とても間にあわないでしょう」
「なんと、バカな迷信を信じている、おろか者たちめ! 戦いとは、時間との勝負だぞ! だが仕方がない、我がギリシア軍だけで戦うとするか」
将軍はアテネの町に通じる山道を中心にして、兵隊を広げました。
それを知ったペルシア軍は、兵隊を一点に集中させました。
「少ない兵をあのように広げるとは、ギリシア軍のカルミデス将軍は、兵法というものを知らんのか?」
ペルシア軍は、その中心を突き破ろうと攻め込んできました。
ところがこれが、ギリシア軍の狙いだったのです。
中心にばかり攻め込んだ敵軍を、ギリシア軍は両側からまわりこみ、はさみうちにして、さんざんにうち負かしてしまいました。
数の少ないギリシア軍が、数の多いペルシア軍に勝ったのです。
力ルミデス将軍は、この事を少しでも早く、アテネに知らせたいと思いました。
そこで、足の速いフィリッピデスを呼んでいいました。
「アテネの人々が、どんなに心配しているかわからない。だから、早く安心させてやりたいのだ。できるだけ速く走って、戦いに勝ったことをアテネの人々に知らせてくれ」
「はい、わかりました!」
フィリッピデスは、すぐさま走りました。
山道も坂道も、すこしも休まず一生懸命走りました。
心臓がドキドキして、いまにもはれつしそうです。
それでも休もうとはせず、ただ走りつづけました。
やがてアテネの町の広場につくと、フィリッピデスは大声で叫びました。
「ギリシアは勝ったぞ! アテネはもう大丈夫だぞ!」
叫び終わると、その場にばったりと倒れました。
町の人々は安心して、ぞろぞろと家から出てきました。
そして広場に集まって、倒れた勇士を取りかこみました。
しかしフィリッピデスはそのとき、もう死んでいたのです。
ギリシアで始められたオリンピックには、マラソンという競技があります。
このマラソンでの戦いとフィリッピデスの活躍が、マラソン競技の始まりなのです。