上の二人はわがままで、一日中、おしゃれをする事ばかり考えていました。
けれども一番下のローザは、気だてのやさしいお父さん思いの娘でした。
お父さんは運の悪い事が続いて、財産をすっかりなくしてしまいました。
でもわずかですが、まだ遠くの町にお金があずけてあります。
そこでお父さんは、お金を取りに旅に出かけることにしました。
ところが上の娘たちは、お父さんが貧乏になったってそんな事はおかまいなしです。
「お父さん。おみやげには、絹(きぬ)の着物と宝石を買って来てね」
と、ねだりました。
お父さんは、だまっている下の娘に尋ねました。
「ローザ。お前は、何が欲しいかね?」
「???小さなバラの花を、一本ください。ほかの物は、何もいりませんわ」
と、ローザは答えました。
お父さんは、遠くの町まで出かけました。
その帰りにお父さんは道に迷って、いつの間にか深い森の中へ入ってしまいました。
あいにくの大雨で、びしょぬれです。
しかも運の悪い事は続くもので、強盗(ごうとう)にあってお金もウマも荷物もそっくり取られてしまったのです。
お父さんは、雨の森をあてもなくトボトボと歩いていきました。
ふと見ると、遠くの方に明かりが見えます。
お父さんは、その明かりをめざして歩いて行きました。
そして、ご殿のように立派な家の前に出ました。
お父さんはヘトヘトに疲れており、しかもお腹はペコペコです。
思い切って、中へ入ってみました。
そこは台所で、誰もいないのにかまどが赤々と燃えていました。
お父さんはぬれた着物をかわかすと、次の部屋へ入ってみました。
そこは、食堂でした。
誰もいないのにテーブルには食事の支度がしてあって、スープがおいしそうなにおいをたてていました。
お父さんはもうたまらなくなって、スープを飲みはじめました。
すると驚いた事に、スープを飲み終えるといつの間にかお皿がかわって肉が出てきました。
こうしてお皿は次々とかわって、最後にはコーヒーまで出たのです。
お腹がいっぱいになったので、お父さんはとなりの部屋へ入ってみました。
そこには立派なベットがあって、いつでも寝られるようになっていました。
お父さんは絹のふとんにくるまって、朝までグッスリと眠りました。
あくる朝、お父さんが起きると食堂には朝の食事が出来ていました。
お父さんは食事をすましてから、庭に出てみました。
そこは今まで見た事もないほど美しい庭で、ありとあらゆる果物(くだもの)がなり、美しい花が咲いていました。
バラの花を見た時、お父さんはローザとの約束を思い出しました。
「そうだ。一本だけ、もらっていこう」
お父さんが一本のバラを折ったとたん、突然恐ろしい物音がして、恐ろしい姿の魔物が現れました。
「わしの家にだまって入って、大切なバラを盗むとは何事だ! お前の首をヘし折ってやるぞ!」
お父さんは驚いて、自分の不幸せな旅の話やローザとの約束の事を話しました。
すると魔物は、怖い声で言いました。
「では、わしの大切なバラを折ったかわりに、お前の一番大事な物をよこせ。
下の娘のローザを、連れてこい。
わしの妻にする。
それがいやなら、今すぐお前の首をへし折ってやる!」
仕方がありません。
お父さんは魔物に娘を連れてくると約束して、やっと家へ帰してもらいました。
お父さんは家に帰ると、むかえに出たローザにバラを渡してさめざめと泣きました。
「お父さま。どうなさったの?
どんなに貧乏になっても、いいじゃありませんか。
みんなで仲良く、やっていけますわ」
と、ローザはお父さんをなぐさめました。
「ああ、ローザ。
えらい事に、なってしまったんだよ。
わたしの命よりも、大切なお前が???。
そうだ!
可愛いお前をやるくらいなら、わたしの命を取られた方がましだ」
お父さんは泣きながら、魔物との約束をローザに話しました。
「お父さんも、泣かないでください。
わたしはお嫁にいくだけで、死ぬわけではないのでしょう。
???それにきっと、神さまが守ってくださいますわ」
あくる日、お父さんはローザを連れて、魔物のご殿へ出かけました。
ご殿では、二人分の食事が用意してありました。
お父さんは娘と別れの食事をして、ションボリと帰っていきました。
さて、一人残されたローザは、いつ魔物が出てくるかとビクビクしながらご殿の中を見てまわりました。
魔物のご殿ですが、どの部屋もどの部屋も美しくかざられており、若い娘の喜びそうな物がいっぱいありました。
ご殿中を探しても、魔物はどこにもいませんでした。
魔物だけでなく、召使いの姿も見えません。
けれどもどこかで見ているのか、ローザがしたいと思う事は何でもしてくれました。
ローザはどこからともなく聞こえてくる音楽を聞きながら、夕食を食べて美しい部屋で眠りました。
ローザが魔物に会ったのは、次の日の朝でした。
ローザは世界中の花を集めたような、すばらしい花だんをさんぽしていました。
するとものすごい地ひびきがして、むこうから恐ろしい姿をした魔物が、わめきながらやって来たのです。
ローザは怖くて怖くて、気が遠くなりそうでした。
けれども魔物はローザに気がつくと、急に静かになってローザに優しく言いました。
「怖がらないでおくれ。
わしは、悪い者ではない。
どうかこのご殿で、幸せに暮らしておくれ」
そして魔物は、そっと言いました。
「ローザ、わしにキスしてくれないか?」
ローザは、真っ青になりました。
どうして、こんな恐ろしい魔物にキスが出来るでしよう。
怖がるローザを見ると、魔物は悲しそうに言いました。
「いや、いいんだよ。
嫌なら、仕方がない。
ビックリさせて、すまなかった。
???お前が心からキスしてくれるまで、わしはいつまでも待っているよ」
こうしてローザは、魔物のご殿で暮らしはじめました。
魔物は、ジバルといいました。
ジバルに会うのは、毎朝八時から九時の間だけでした。
毎朝会って話しをするうちに、だんだんジバルが怖くなくなりました。
いいえ、それどころか、ジバルに会うのが待ち遠しくなってきたのです。
けれどもキスをする気持ちには、どうしてもなれません。
いつの間にか、一年が過ぎました。
ローザは、家が恋しくなりました。
(お父さんたちは、どうしているかしら?)
そう思うと、もうたまらなくお父さんの顔が見たくなりました。
ローザの願いを、ジバルは聞いてくれました。
「そんなに会いたいのなら、行かせてあげよう。
今夜はいつものように、寝なさい。
明日の朝は、お父さんの家で目を覚ますだろう。
そして帰る時は、寝る前にここに帰りたいと言えばいい。
だが、あさっては必ず帰ってきておくれ。
でないとお前もわしも、とんでもないことになる。
どうかそれだけは、忘れないでおくれ」
あくる朝、目を覚ましたローザは、なつかしいお父さんの家にいました。
お父さんは夢かとばかり喜んで、ローザを抱きしめます。
ローザは魔物のご殿での暮らしを話して、お父さんを安心させました。
「お父さん、心配しないでください。
欲しい物は何でももらえますし、ジバルは見たところは恐ろしい魔物ですが、とてもやさしいのです。
わたくしを、それは大事にしてくれますの」
二人の姉さんはローザの幸せそうなようすを見て、しゃくにさわりました。
魔物にひどい目にあわされていると思ったのに、ローザはまるでお姫さまのように立派な着物を着て、ますます美しくかがやいているからです。
姉さんたちは、妹を不幸せな目に会わせてやろうと思いました。
妹が約束の時間に帰らないと大変な事になると言うと、いかにも悲しそうにこう言いました。
「たった一日で帰るなんて、じょうだんじゃないわ。
まさか、そんな親不孝な事はしないでしょうね。
お父さんと魔物と、どっちが大事なの?
わたしたちだって、悲しいわ」
心の優しいローザは魔物との約束が気になりましたが、つい一日、帰りをのばしてしまいました。
次の日の夜、ローザはジバルの顔を思い浮かべて、
「明日の朝、ジバルのところへ帰ります」
と、言いながら目をつぶりました。
次の日の朝、ローザは魔物のご殿のしんだいの上で目を覚ましました。
ローザは、すぐに庭に出ました。
でもいつもの八時になっても、ジバルは現れません。
「ジバル、ジバル。ジバルは、どこなの?」
ローザは大声で呼びながら、庭中を探しまわりました。
するとジバルは庭のすみのしげみのかげに、死んだように倒れていました。
ローザの目から、どっと涙があふれ出ました。
「ああ、ジバル、許して。わたしの大事なジバル」
ローザは泣きながら、ジバルのそばにひざまずいてキスをしました。
すると突然、ジバルのみにくい魔物の皮がおちて、世にも美しい立派な若者が立ちあがったのです。
若者はローザを、しっかりと抱きしめました。
ジバルは遠くの国の王子で、もう七年の間、魔法をかけられていたのです。
そしてローザという名の娘に心からキスをしてもらわなければ、元の姿に戻れなかったのです。
ジバル王子とローザは、お父さんと二人の姉さんと一緒に王子の国ヘ戻りました。
王子の魔法がとけたという知らせに、国中の人々が喜びました。
ジバル王子と心の優しいローザは結婚して、いつまでも幸せに暮らしました。