この川には、一匹の大きなワニが住んでいます。
「うまそうなメンドリだ。よし、明日はあれをつかまえて食ってやろう」
よく朝、ワニは川の近くのしげみにかくれて、メンドリが川にやって来るのをジッと待ちました。
そんな事とは知らずに、メンドリは歌いながらいつものように川におりてきました。
「しめた!」
ワニはいきなりしげみから飛び出して、大きな口を開けて言いました。
「やいやい、メンドリ。おとなしくおれに、食われてしまえ!」
メンドリはビックリして逃げようとしましたが、でも逃げられないとわかると、
「どうかわたしを食ベないで! ワニのお兄さん」
と、さけびました。
お兄さんと言われて、ワニは首をかしげました。
(どうして、おれが兄さんなんだろう?)
そのすきにメンドリは、逃げてしまいました。
「???まあ、きっと聞きまちがいだな」
でも、メンドリの言葉が気になったワニは、もう一度ためしてみる事にしました。
次の朝、ワニは川のしげみにかくれて、あのメンドリが来るのを待ちました。
するとメンドリがエサをつっつきながら、こっちにやってきました。
ワニは大きな口を開けて、飛び出しました。
「やいやい、昨日はうまくおれから逃げたな。今日はかくごしろ!」
「どうかわたしを食ベないで! ワニのお兄さん」
「???」
今度こそ、聞きまちがいではありません。
ワニがまごまごしていたので、メンドリはまた逃げていきました。
そんなある日、ワニは友だちの大トカゲにたずねました。
「なあ、お前にちょっと、聞いてもらいたい事があるんだ」
「いったい、どうしたんだい?」
「この前、うまそうなメンドリを見つけたんだ。そいつを食ってやろうとすると『食ベないで、お兄さん』と、言いやがる」
「お兄さんだって?」
大トカゲは、わらいながら言いました。
「そりゃ、兄さんにはちがいないなあ」
「???」
ワニは、不思議そうにたずねました。
「それは、どういうわけだ? どうしてこのおれが、メンドリの兄さんなんだ?」
「いいか。カモは、何から生まれる?」
「カモねえ。それはタマゴだな」
「では、カメは?」
「うむ、それもやっぱり、タマゴさ」
「じゃあ、おれは? お前は?」
「決まっているじゃないか、タマゴだよ」
「それじゃ、メンドリは何から生まれると思う?」
「うむ、やっぱりタマゴだ」
「どうだい、わかったかい? おれたちはみんな、タマゴから生まれたんだ。だからみんな兄弟で、メンドリがお前を兄さんと言っても、間違いではない。わかったか?」
「ふーん、タマゴから生まれた兄弟ねえ。兄弟となると、食べるわけにはいかないな」
それからはワニは決して、メンドリを食ベなかったそうです。