お金持ちの家で女中(じょちゅう)さんをしながら、一生懸命、お金をためました。
長い間ほしい物も買わず、遊びにも行かなかったので、お金はたくさんたまりました。
そこで女中さんをやめて、自分の家へ帰る事にしたのです。
でも、せっかくためたお金を、途中で泥棒にとられたら何にもなりません。
娘さんは心配になって、いつも親切にしてくれるとなりのおかみさんのところへ相談にいきました。
すると、となりのおかみさんがいいました。
「それじゃ、うちのだんなに聞いてみるわ」
おかみさんは宿屋の主人をしているだんなに、娘さんの事を話しました。
「そいつは心配だ。一人で帰らずに、だれか一緒について行ってくれる人を見つけないと」
でも、そんな親切な人は思いあたりません。
すると、おかみさんがいいました。
「そうだ。お前さんが一緒について行ってやったらどうだい? あの娘さんは、わたしたちの友だちじゃないの」
「なるほど、それもそうだ。いいとも、わたしが一緒に行ってあげよう」
次の日、おかみさんは娘さんのところへ行きました。
「あなたの事をだんなに話したら、『一人で帰るのはあぶないから、だれか一緒に行ってくれる人を見つけなさい』だって。もしあなたがのぞむなら、自分が送ってやってもいいといってたわ」
それを聞いて娘さんは、とても喜びました。
「わあ、ありがとうございます。それじゃ、ぜひお願いします」
さて、娘さんは大事なお金を袋につめると、となりのだんなと一緒に出かけました。
しばらく歩いているうちに、だんなの頭に、ふと悪い考えが浮かんできました。
(この娘、けっこう金を持っていやがるな。???もし、この金が自分のものだったら)
すると急に、そのお金がほしくなり、
(娘を殺して金をうばっても、だれにもわかりゃしない)
と、まで、思うようになりました。
人気のないさみしいところへくると、だんなが立ち止まっていいました。
「金の袋が重くて大変だろう。わしが持ってあげるから、わたしなさい」
「ご親切に、すみません」
娘さんは何の疑いもなく、だんなに金の袋をわたしました。
そのとたん、だんなはふところからナイフを取り出して、娘さんにおそいかかったのです。
「な、なにをするんです!」
助けをもとめようにも、だれ一人とおる者がありません。
娘さんはたちまち、胸を刺されて死んでしまいました。
だんなは娘さんが生きかえらないようにと、娘さんの首まではねて、草むらの中にうめてしまいました。
そしてお金の袋をかかえなおすと、逃げるように家へもどってきました。
「むっ、娘をやっちまった」
だんなは、お金の袋をなげていいました。
「なんだって!」
おかみさんは、思わず声をはりあげました。
「大丈夫。だれにもわかりゃしないさ」
「この人でなし! あんたはオニだよ、悪魔だよ。わたしたちの友だちを、あんなに働き者の娘さんを殺すなんて!」
おかみさんは、髪の毛をかきむしってさけびました。
「おい、たのむから、そんな大声を出さないでくれ。ほんの出来心だったんだよ」
「わたしの亭主でなかったら、おまわりさんのところへつきだしてやるのに」
「なあ、お願いだから、わしを助けてくれよ」
だんなが、手をあわせました。
「ふん! どうなっても、わたしは知らないからね!」
おかみさんはそれっきり、何もいいませんでした。
だんなは、しばらく家に閉じこもっていましたが、頭に浮かんでくるのは、娘さんの死ぬときのおびえた顔でした。
うらめしそうな二つの目が、頭からはなれません。
だんなは何とかして、娘さんの事を忘れようと宿屋へ出かけました。
すると、どこからともなく、
「罪ほろぼしをしなさい。罪ほろぼしをしなさい」
と、いう声が聞こえてきました。
だんなはあわててあたりを見まわしましたが、だれもいません。
すっかりこわくなって、大あわてで家へ逃げ帰ってきました。
おかみさんにその事を話すと、おかみさんがつめたくいいました。
「今度その声が聞こえたら、『どこで?』とたずねてみるんだね!」
次の日、だんなが外に出たとたん、またもや、
「罪ほろぼしをしなさい。罪ほろぼしをしなさい」
と、いう声が聞こえてきました。
だんなはこわいのをがまんして、聞きました。
「どこで?」
すると、その声がいいました。
「セビリアの町で」
だんなはビックリして、キョロキョロあたりを見回しました。
でも、やっぱりだれもいません。
大急ぎで家にもどると、この事をおかみさんに話しました。
「そんならお前さんは、セビリアの町へ行かなくては、罪ほろぼしはできないよ」
でも、用もないのにセビリアの町へ行くわけにもいきません。
どうしたものかと考えていたら、いつの間にか、何も聞こえなくなりました。
それから二、三ヶ月たつうちに、だんなは娘さんのことをすっかり忘れてしまい、おかみさんもその事にはふれなくなりました。
ある日、二人の見なれない紳士(しんし)が、この村にやってきました。
二人は、だんなの宿にきていいました。
「これからセビリアの町へ行くのだが、はじめてなので困っている。だれか案内をしてくれる者はいないかな? もちろん、お礼はたっぷりはずむが」
それを聞いただんなが、おかみさんに相談しました。
「そうだね。悪くない仕事だから、だれに頼んだって喜んでひきうけてくれるわ」
「そうとも、こいつは悪くない仕事だ。よし、わしが行こう」
だんなは、二人の紳士にいいました。
「わたしが、案内しましょう」
宿屋の主人が案内してくれるなら安心ですと、二人は喜んで、主人と一緒にセビリアの町へ向かいました。
途中で食べた食事も、もちろん紳士たちが払いました。
三人がセビリアの町のホテルへついたときは、まだお昼前でした。
すると、紳士の一人がいいました。
「きょうの昼の食事は、子ウシの頭の丸焼きというのはどうだい?」
「そいつはうまそうだ。すまんが、買ってきてくれないか?」
もう一人の紳士が、だんなに金をわたしていいました。
だんなも子ウシの頭が食べられるのならと、さっそく町の市場へいって子ウシの頭を買いました。
だんなは子ウシの頭をマントの下へ入れると、紳士の待っているホテルへ急ぎましたが、その途中で、二人のおまわりさんにあいました。
おまわりさんは、マントの前をふくらまして歩いているだんなを見て、あやしい男とおもったのです。
「おい、ちょっと。いそいでどこへ行くのかね?」
一人がいうと、もう一人がいいました。
「そのマントの下にかくし持っている物は、何かね?」
「はい、これからホテルへもどるところです。マントの下の物は、お客さんにいいつかった子ウシの頭です。昼めしのおかずにするもんで」
「では、その子ウシの頭とやらを、見せてくれないか?」
「いいですとも。わしはべつに、あやしいもんじゃありませんから」
だんなはマントの下から、子ウシの頭をとりだしました。
ところがどういうわけか、子ウシの頭はいつの間にか、だんなが殺した娘さんの首にかわっていたのです。
「これが、子ウシの頭かね?」
「そんなバカな!」
だんなは、まっ青になりました。
さっき買ったのは、たしかに子ウシの頭でした。
それがどうして、娘さんの首にかわってしまったのか、いくら考えてもよくわかりません。
「お願いですから、ホテルへ行かせてください! 二人の紳士にあえば、わたしが子ウシの頭を買いに行った事がわかりますから」
「よし、そこまでいうなら、連れて行ってやろう」
おまわりさんたちはだんなをつれて、ホテルに行きました。
ところがホテルには、二人の紳士の姿はありませんでした。
ホテルの人にたずねても、そんな人はきたこともないといいます。
「いや、たしかにお昼前、三人でここへきたんだ!」
いくらだんながいっても、ホテルの人は知らないといいます。
「お前は人殺しの上に、うそまでつくとはとんでもないやつだ!」
おまわりさんは、だんなをろうやにほうりこむと、裁判官をよんできました。
だんなはしかたなく、娘さんを殺して首をはねたことを白状したのです。
そして三日後、だんなは死刑になりました。
あやしい声がいったように、だんなはセビリアの町で罪ほろぼしをしたのです。