このおばあさんは美しい錦(にしき)をおる事が出来るので、みんなは喜んでおばあさんの錦を買いました。
おばあさんはそのお金で、三人の子どもを育ててきたのです。
ある日の事、おばあさんは錦を町ヘ売りに行った帰りに、ふと、ある店の前で足をとめました。
そこには、すばらしい絵がかけてあったのです。
その絵は広々とした美しい風景の中に花園や家があり、みどりの畑やくだもの畑や池もありました。
ニワトリやアヒルのむれもいますし、ウシやヒツジも、のどかに草を食べています。
(ああ、こんなところに住めたら、どんなにいいだろうねえ)
おばあさんは、しみじみと思いました。
そしておばあさんはその絵を売ってもらうと、家に帰って息子たちに見せました。
おばあさんは、一番上のロモに言いました。
「ロモや、こんな村で暮らせたらいいねえ」
でもロモは、絵に興味がありません。
「あはは、なにを夢みたいなことを」
おばあさんは、二番目のロトエオに言いました。
「ロトエオや、こんな村で暮らせたらいいねえ」
ロトエオも、絵に興味がありません。
「そんないなかより、町の方がいいさ」
おばあさんは悲しそうに顔をくもらせて、一番下のロロに言いました。
「ロロや、こんな村で暮らせたらいいねえ」
するとロロは、すこし考えてから言いました。
「お母さん。だったらこの絵を、錦にしてはどうでしょう。この絵の錦をながめていたら、きっとこの村に住んでいるような気になれるでしょう」
おばあさんは、大きくうなづきました。
「そうだよ。それがいい」
それからおばあさんは、その絵の錦をおりはじめました。
錦をおりはじめて、ふた月がたちました。
ロモとロトエオは、おばあさんがその絵を錦におる事に反対です。
「お母さん、そんなに時間のかかる物よりも、はやく売るための錦をおってください」
「そうですよ。ぼくたちのたきぎひろいでは、生活が出来ません」
するとロロが、
「お母さんに、美しい村をおらせてあげようよ。でないとお母さんは、悲しんで病気になってしまうよ。たきぎは、ぼくがとりにいくから!」
と、お兄さんたちに言いました。
その日からロロは、一人で朝から晩までたきぎをとりにいきました。
みんなはそれで何とか、暮らすことができました。
おばあさんは、朝も昼も夜も錦をおりつづけました。
夜は暗いので、たいまつをともしておりましたが、たいまつのけむりで目がまっ赤にただれました。
それでもおばあさんは、錦をおるのをやめようとはしません。
こうして一年がたつうちに、おばあさんの目からなみだがあふれて錦の上にしたたり落ちるようになりました。
おばあさんはなみだの落ちたところに、きよらかな小川をおりました。
それから丸い池も、おりました。
二年がたつと目から血がにじみ出て、錦の上にしたたり落ちるようになりました。
おばあさんは血の落ちたところに、まっ赤なお日さまをおりました。
そしてまっ赤な美しい花も、おりました。
こうして三年目に、やっと錦が出来上がりました。
それは、夢のような美しさです。
青いかわら屋根に、紅色の柱のある家。
門の前には花園があり、きれいな花がさきみだれています。
そばの池には金魚が泳ぎ、くだもの畑には、赤や黄色のくだものがたくさんなっています。
家の右手は青々としたやさい畑になっていて、うしろには草原がひろがっています。
その草原ではウシやヒツジが、のんびりと草を食べています。
山のふもとの畑には、トウモロコシやイネが黄色に実っています。
その間をきよらかな川が流れており、この美しい地上をまっかな太陽がてらしているのです。
「おお、なんてきれいな錦だ!」
三人の息子たちは、いっせいにさけびました。
おばあさんは腰をのばすと、目をふきながらはじめてニッコリ笑いました。
その時です。
はげしい風がふいてきて、あっというまに錦をさらっていってしまいました。
「ああっ、錦が!」
おばあさんは、すぐ追いかけましたが間に合いませんでした。
おばあさんはガッカリして、病気になってしまいました。
「ロモや。錦は東の方ヘ飛んでいったよ。探しに行ってきておくれ」
ロモはうなずいて、さっそく出かけていきました。
ロモが山の道にさしかかると、まっ白い髪のおばあさんがロモに声をかけました。
「もしもし、どこへ行くのかね?」
「はい、風に飛ばされた錦を、探しにいくのです」
「ああ、その錦なら、ここからずっと東の方にある、太陽山の仙女(せんにょ)たちが持っていったよ」
「その山へは、どう行けばいいんですか?」
「まあ、むりだろうが、教えてやるよ。
まずお前さんは歯を二枚ぬきとって、ここにいる石ウマの口にはめ込まなくてはいけない。
そうすればウマがお前さんを乗せて行ってくれるが、とちゅうで火の山を通るから体が燃えてしまうよ。
お前さん、体が燃えてもがまん出来るかね?」
これを聞いて、ロモは青くなりました。
「出来ないだろう。お前さんはがまんの出来る男じゃないからね。さあ、この小箱を持ってお帰り。中にお金が入っているから、みんなで幸せに暮らすんだよ」
おばあさんはそう言って、鉄の小箱をくれました。
ロモは小箱を持って帰る途中、ふと考えました。
(まてよ。このお金を一人で使えば、うんと良い暮らしが出来るぞ)
そこでロモは、町の方ヘ歩いていきました。
ロモが行ってから、ふた月がたちました。
ロモが帰ってこないので、おばあさんは二番目のロトエオにたのみました。
「ロトエオや。ロモの代わりに、錦を探しに行っておくれ」
ロトエオはうなずいて、さっそく出かけていきました。
でも、お兄さんと同じようにおばあさんからお金の入った小箱をもらうと、一人で町ヘ行ってしまいました。
ロトエオが行ってから、またふた月がたちました。
病気のおばあさんは枯れ木のようにやせてしまって、毎日毎日、泣きながら外をながめていました。
ロロは、たまらなくなって言いました。
「お母さん。今度はぼくが行きます。お母さんの錦を、きっとさがしてきます」
ロロも二人のお兄さんと同じように、おばあさんに会いました。
「お前さんも、この小箱を持ってお帰り」
おばあさんが小箱を差し出すと、ロロはきっぱりと断りました。
「いいえ、ぼくは錦を取り返しに行きます」
ロロは、すぐに自分の歯を二本ぬきとると、石のウマの口にはめました。
すると石のウマは本物のウマのように、ヒヒーンといななきました。
「それじゃ、乗っておゆき。火の山を通っても、声をあげてはいけないよ。声をあげれば、すぐに焼け死んでしまうからね。荒海(あらうみ)を通っても、ふるえてはいけないよ。ふるえれば、すぐに海の中にしずんで死んでしまうからね」
おばあさんはこう言って、ロロを見送ってくれました。
石のウマはロロを乗せると三日三晩走り続けて、ボウボウと火をはいている山につきました。
まっ赤なほのおに、人もウマも焼きつくされそうです。
ロロはウマの背中に顔を押しつけると、むちゅうでウマを走らせました。
髪の毛は燃えて、肌がジリジリと焼けてきました。
それでもロロは歯をくいしばって、ジッとがまんしました。
おばあさんに言われたように、ひとことも声をたてません。
そしてようやく火の山をこえましたが、今度は荒れくるう大海がまちかまえています。
ロロを乗せたウマが、荒海の中に飛び込みました。
波は氷のかたまりとなって、ロロの体に激しくぶつかりました。
波のあまりのつめたさに、気が遠くなりそうです。
けれどもロロはジッとこらえて、身ぶるい一つしませんでした。
何時間もかかってウマは海を乗りこえると、むこう岸につきました。
そこはあたたかい太陽があたりをてらしていて、のどかな歌声が聞こえてきます。
「さあ、着きましたよ。ここは、太陽山です」
石のウマはこう言うと、立派なお屋敷の庭におりました。
その家の広間では、美しい仙女たちが錦をおっていました。
よく見ると、仙女たちはまんなかに一枚の錦を広げて、それをお手本にしておっているのでした。
「あっ、お母さんの錦だ!」
ロロは思わず、さけびました。
仙女たちはビックリして、ロロを見ました。
やがて、中の一人が言いました。
「そうです。あなたのお母さんが大変美しい錦をおったので、お手本におかりしたのです。今夜出来上がりますから、あしたの朝にお返しいたします」
仙女たちは、一晩中錦をおっていました。
そのうちに赤い着物を着た美しい仙女が、一番最初に錦をおりあげました。
仙女は自分の錦と、ロロのお母さんの錦とをくらべてみて、
「ああ、やっぱりかなわないわ。せめて、この美しい錦の中に住んでみたいわ」
と、ロロのお母さんの錦の中に、自分の姿をししゅうしました。
ロロは待っているあいだ、ウトウトしていました。
そして気がついた時には、仙女たちはみんな眠っていました。
見ると他の仙女たちの錦も完成していて、真ん中にお母さんの錦が置いてあります。
「そうだ。少しでもはやく、持っていってあげよう」
ロロはその錦をつかむと石のウマに飛び乗って、来た道を引き返しました。
やがて、あの山の道まで来ると、おばあさんが待っていました。
ロロをウマからおろすとウマの口にはめていた歯をぬいて、ロロの口にはめてくれました。
「さあ、はやくお帰り。お母さんが、今にもあぶないよ」
こう言っておばあさんは、ロロにシカ皮のクツをくれました。
ロロがそのクツをはくと、たちまちクツは空を飛んでロロを家まで送ってくれました。
「お母さん。錦を持ってきましたよ!」
ロロはさけびながら、お母さんの目の前に錦をひろげて見せました。
それを見たお母さんのほおに赤みがさして、お母さんはたちまち元気になりました。
「ロロや、ありがとう。せっかくもどった錦だから、あかるいところでよくみましょう」
二人は外に出ると、錦を地面の上にひろげました。
この時、どこからともなく良い香りの風がふいてきました。
すると錦がサラサラと音をたてながら広がって、やがて村いっぱいになりました。
ロロたちの住んでいたみすぼらしい家はきえて、錦の中の青いかわらの家になりました。
花が咲き、くだものがなり、池には金魚が泳いでいます。
錦の中の風景が、そのまま二人の前にひろがったのです。
ふと見ると池のほとりに、赤い着物の娘がたっています。
それは自分の姿を錦にししゅうした、あの仙女でした。
おばあさんは喜んで、この娘をロロのお嫁さんにむかえました。
それから三人は、たのしく暮らしました。
三人は貧しい人や困った人がいると錦の村に連れてきて、一緒に暮らさせました。
ある日のこと。
この村に、二人のこじきがやってきました。
その二人は、お金を使い果たしたロモとロトエオでした。
二人はこの美しい村が、いつかお母さんのおった錦にそっくりであることを知りました。
村の中で楽しそうに笑っているロロや娘やおばあさんを見ると、何も言わずにその村をさっていきました。
このお話は、中国の南西部に住むチワン族のあいだに伝わるもので、チワンの女性たちは美しい錦をおることで有名です。