そのネズミは、カガミを持っています。
それも魔法のカガミで、そのカガミをのぞくと誰でも自分が大きく偉く見えるのです。
毎日毎日、そのカガミをのぞいているネズミは、自分ほど大きくて偉いものは、どこを探してもいないと思い込みました。
そして仲間のネズミたちを、馬鹿にする様になりました。
それを見て、世の中の事をよく知っている年寄りのネズミが言いました。
「坊や。お前は自分が大きくて偉い生き物だといばっているそうだけど、それはとんでもない間違いさ。これをゾウが知ったら、大変な事になるよ」
「そのゾウって奴は、何者だ?」
「ゾウというのは、世界で一番大きな生き物でね。どんなに強い動物でもかなわないんだよ」
「うそだ! おれさまより強い奴がいてたまるか!」
ネズミはそう言うと、ゾウを探す旅に出かけました。
旅に出たネズミは、野原で緑色のトカゲに出会いました。
「おい。ゾウっていうのは、お前かい?」
「いいえ。わたしはトカゲよ」
「そうか。ゾウでなくてよかったな。ゾウだったら踏み潰してやるところだった」
「まあ、ゾウを踏み潰すですって?」
小さなネズミのいばり方があんまりおかしかったので、トカゲは思わず吹き出しました。
「何を笑う! いいか、おれさまは世界で一番大きくて偉い動物だぞ!」
ネズミは怒って、足を踏みならしました。
するとちょうどその時、ズシンズシンと地ひびきがしました。
緑色のトカゲは驚いて、石のかげに隠れてしまいました。
「えへっん。どんなもんだい」
ネズミは自分の足踏みが地ひびきを起こしたと思い、得意になってまた先に行きました。
しばらく行くと、今度はカブトムシに出会いました。
「おい。お前がゾウという奴か?」
「とんでもない。ぼくはカブトムシさ」
「そうか。ゾウでなくてよかったな。ゾウだったら踏み潰してやるところだった」
それを聞いて、カブトムシはクスッと笑いました。
ネズミは怒って、また足を踏みならしました。
けれども地面は、ピクリともしません。
(おや? おかしいな)
ネズミはもう一回、足を踏みらなしましたが、やはり地ひびきはおこりません。
(そうか、きっと地面がしめっているせいだな)
ネズミはそう思うと、先ヘ行きました。
そして今度は、木のそばでジッと座っている大きな動物に出会いました。
(大きいな。こいつこそ、ゾウらしいぞ。しかしジッとしているところを見ると、きっとこのおれさまを怖がっているんだな)
ネズミはそう思って、いばって聞きました。
「おい。お前がゾウか?」
それを聞いた大きな生き物は、ニヤリと笑って答えました。
「違うよ。わたしは世界で一番偉い者の仲良しだ。わたしはイヌだよ」
「世界で一番偉い者? それは何だ?」
「決まっている。それは人間さ」
「へえ。
とにかく、お前はゾウでなくて幸せだったな。
もしもゾウだったら、たちまち踏み潰してやるところだ。
何しろ世界で一番強いのは、このおれさまなんだからな」
それを聞いたイヌは、少しネズミをからかってやりました。
「確かに、そうかもしれないね、ネズミくん。
あの人間だって、きみたちに食べさせる為に、コメやムギを作っているんだもの」
「まあな」
ネズミは先を急いで、森の奥ヘやって来ました。
そこでネズミは、山の様に大きな物にぶつかりました。
足は木のみきの様に太くて、おまけに体の前の方にも長い尻尾がぶらさがっています。
「お前は、ゾウか?」
ネズミは、力一杯声を張り上げました。
「おや?」
ゾウは辺りを見回しましたが、ネズミがあんまり小さいので目に入りません。
そこでネズミは、大きな石によじ登りました。
ゾウはようやくネズミを見つけて、答えました。
「そうだ。わしはゾウだよ」
「そうか。おれさまは世界で一番強くて偉いネズミだ。今からお前を踏み潰してやる。覚悟しろ」
ネズミはふんぞり返って、偉そうに叫びました。
けれどもゾウは気にせず、そばの水たまりに鼻をつっこんで、シャワーの様に水をまき散らしました。
「ワッー!」
その水にネズミの小さな体は吹き飛ばされて、もう少しでおぼれそうになりました。
「なっ、なんだったんだ。今のは」
ネズミはやっとの事で、家に帰りつきました。
今度の旅で、世界には自分よりもずっとずっと大きなもの、強いものがいる事を思い知ったネズミは、それからというものほかのものをバカにしたり、いばったりしなくなりました。
ついでに、魔法のカガミをのぞく事もやめてしまいました。