とある町について歩いていくと、それはそれは大きな家の前にでました。
玄関(げんかん)の広さは、二十人の男が手をつないで通れるほどでした。
天井(てんじょう)も、ものすごく高くて、四十人の男がつぎつぎと肩車したまま通れるほどでした。
イボンがその玄関にたつと、おくから巨人があらわれてきました。
巨人はイボンを見ると、
「なにか用か?」
と、聞きました。
イボンは巨人を見ても、すこしもおどろかないで、
「なにか、しごとをさせてください」
と、たのみました。
「ああ、それなら、わしの下男(げなん)になったらどうだ。よく働いたらほうびをやろう。だがなまけたら、かんべんしないぞ。こんやのごちそうに、おまえをくってしまうからな。いいな」
イボンは巨人の下男になって、いっしょうけんめい働きました。
あくる朝はやく、巨人はイボンに、
「ウマ小屋のそうじをしておけ。おれが帰ってもまだよごれていたらどういうことになるか、わかっているな。それからもうひとつ、おれが帰ってくるまで、ぜったいにうちの中にはいってはいけないぞ。わすれるな」
と、いって、でかけていきました。
はいってはいけないといわれると、はいってみたくなるものです。
イボンはがまんができなくなり、巨人が見えなくなると、さっそく大きな大きな玄関から、家の中ヘはいっていきました。
イボンは、さいしょのへやをのぞきました。
かまどの上に大きなナベがかかっていて、銅(どう)がグツグツとにえていました。
二番目のへやでは、銀(ぎん)がブツブツ音をたてていました。
三番目のへやでは、金(きん)がとかしてありました。
「こいつはおどろいた。あの巨人は、金や銀や銅をたべるのか」
と、イボンは大声をあげました。
四つ目のへやをあけました。
と、ここには美しい少女がいて、イボンを見てニッコリ笑いました。
少女は巨人の娘で、フィネットといいました。
フィネットは、心のやさしい娘でした。
「どんなしごとを、いいつけられましたの?」
と、イボンにたずねました。
「ウマ小屋をそうじしておけと、いわれました」
「あら、それはたいへんなしごとよ。あのウマ小屋には魔法がかかっているんですもの。いくらはいてもはいても、ほこりがまどからまいもどってくるの。なん時間かかっても、きれいになりっこありません。でもひとつだけ、うまくやれる方法があるのよ。ないしょで教えてあげましょう。それは、ほうきをさかさまに持つんです。柄(え)のほうを下にしてね。こうしてはいてごらんなさい。あっというまに、きれいになってしまいますから」
「ああ、そんなにはやくできちゃうんですか。それならなにも、いそぐことはありませんね」
と、いって、イボンは日がくれるまで、フィネットのへやでおしゃべりをしていました。
あたりがうすぐらくなったころ、山のほうから雷のような音がひびいてきました。
「あっ、お父さんが帰ってきたわ!」
と、フィネットがさけびました。
イボンはウマ小屋へとびこむと、ほうきをさかさまににぎってはきました。
なるほど、みるみるうちに、ウマ小屋はきれいになりました。
イボンをくってやろうと、たのしみに帰ってきた巨人は、イボンがウマ小屋をそうじしてしまったのを見ると、プンプンとおこりました。
「これじゃ、こんや、おれのくうものがないじゃないか! フィネットや、ちょっとおいで」
フィネットがくると、巨人は、
「フィネット。かまわないから、あいつをナイフでころしてしまえ。おれがひとねむりしているあいだに、おいしく料理しておいてくれ」
と、いいつけて、いびきをかいてねむってしまいました。
フィネットは、イボンをころすつもりなんかありません。
そこでナベの中に水をいっぱい入れて、火にかけました。
そしてその中に、イボンのうわぎやボウシやクツを入れました。
それから塩をひとつまみと、タマネギを三きれほうりこみました。
こうして料理のしたくができると、フィネットは玄関にいちばん近いへやへいきました。
ナベの中でにえている銅を、丸い型に流しこんで、銅の玉をひとつこしらえました。
それから二番目のヘやにいって、銀の玉をつくりました。
三番目のへやでは、金の玉をつくりました。
巨人がグッスリねているあいだに、フィネットとイボンは、三つの玉を持ってにげだしました。
まもなく、巨人が目をさましました。
大きなあくびをすると、ペコペコにへったおなかをなでながら、
「スープはできたかい。フィネットや」
と、いいました。
すると、ナベの中のタマネギが、
「まだですわ、おとうさま」
と、こたえたのです。
巨人は、またウトウトとねむりました。
しばらくして目をさますと、おなかはまえよりもずっと、ペコペコになっていました。
「スープは、もうできたかね。フィネットや」
と、いうと、ナベの中の二つ目のタマネギが、
「まだですわ、おとうさま」
と、こたえました。
三度目に、目をさましたとき、
「さあ、スープはもうできたろうな!」
と、巨人は大声でいいました。
すると、三つ目のタマネギが、
「まだですわ、おとうさま」
と、いいました。
四度目に目をさましたとき、巨人はさけびました。
「いくらなんでも、もう、できたろう!」
こんどは、なんのヘんじも聞こえません。
巨人はムックリとおきあがって、ナベの中をのぞきました。
スープのなかに、イボンのうわぎとボウシとクツが見えました。
けれども、イボンははいっていません。
まもなく巨人は、フィネットとイボンが、いっしょににげだしたことに気がつきました。
まっ赤になっておこった巨人は、一歩で十里(→約40キロメートル)もすすむクツをはいて、二人のあとを追いかけました。
巨人はすぐに、イボンとフィネットを見つけました。
イボンは走りながら、ふと、あとをふりむきました。
「あっ、あなたのお父さんがおっかけてくる!」
それを聞いたフィネットは、銅の玉をうしろへ投げました。
すると地面がポッカリとわれて、巨人の前に深い深い谷間ができました。
巨人は、ちょっと足をとめました。
けれども、すぐに大きな木を根こそぎぬいて、谷にわたしました。
巨人はその木の橋をわたって、ドンドンと追いかけました。
「あっ、巨人の息が、首にかかってきた」
と、イボンがさけびました。
そのとき、二人は海へつきました。
フィネットが銀の玉を海へ投げると、たちまち船があらわれました。
イボンとフィネットが船にとび乗ると、船は風に乗って、グングンとすすみました。
巨人は海の中を、ジャブジャブと歩いて追いかけてきました。
巨人が追いかけてきたので、大きな波がおこりました。
二人をのせた船は、いまにもしずみそうです。
フィネットは、巨人のそばに金の玉を投げました。
すると、さかなのかいぶつがあらわれて、あっというまに巨人をのみこんでしまいました。
そしてさかなのかいぶつは、でてきたときと同じように、またたくまに海の中へ消えてしまいました。
イボンはフィネットを自分の国へつれて帰って、いっしょにたのしくくらしたということです。