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生きた人形

时间: 2022-09-01    进入日语论坛
核心提示:ある町まちの呉服屋ごふくやの店頭てんとうに立たって一人ひとりの少女しょうじょが、じっとそこに飾かざられた人形にんぎょうに
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ある町まちの呉服屋ごふくやの店頭てんとうに立たって一人ひとりの少女しょうじょが、じっとそこに飾かざられた人形にんぎょうに見みいっていました。人形にんぎょうは、美うつくしい着物きものをきて、りっぱな帯おびをしめて、前まえを通とおる人ひとたちを誇ほこらしげにながめていたのです。
「私わたしが、もしあのお人形にんぎょうであったら、どんなにしあわせだろう……。なんの苦労くろうもなしに、ああして、平和へいわに、毎日まいにち暮くらしていくことができる。そして、前まえを通とおる男おとこも、女おんなも、みんな自分じぶんを振ふりかえって、うらやましげに見みていくであろうに……。」と、彼女かのじょは、ひとり言ごとをしていたのでした。
このようすを、さっきからながめていた、この店みせの主人しゅじんは、頭あたまをかしげました。
「なんという器量きりょうのいい娘むすめさんだろう……。しかし、ようすを見みると、あまり豊ゆたかな生活せいかつをしているとは思おもわれない。さっきから、ああして、人形にんぎょうに見みとれているが、ものは相談そうだんだ。あの娘むすめさんは、雇やとわれてきてくれないだろうか?」と、主人しゅじんは考かんがえたのでした。
「もし、もし。」といいながら、彼女かのじょのかたわらへ寄よって、主人しゅじんは、軽かるく、その肩かたをたたきました。
少女しょうじょは、びっくりして、振ふり向むきますと、主人しゅじんが、にこにこした笑わらい顔がおをして立たっていました。
「おまえさんは、さっきから、なにを考かんがえておいでなさる?」と、主人しゅじんは、やさしく問といかけました。
少女しょうじょは、ちょっとはじらいましたが、正直しょうじきに、
「もし、私わたしが、このお人形にんぎょうであったら、世よの中なかの苦労くろうということも知しらず、そのうえこんなに美うつくしい顔かおをして、どんなにか幸福こうふくだろうと思おもっていたのです。人間にんげんが、なんでも思おもったとおりになりさえすれば、この世よの中なかに、不幸ふこうというものはないと考かんがえていたのでした。」と、答こたえました。
人ひとのよさそうな主人しゅじんは、けたけたと笑わらいました。
「お嬢じょうさん、あなたのお顔かおは、この人形にんぎょうよりはよっぽど、美うつくしゅうございますよ。もし、あなたさえ聞きいてくださるなら、この人形にんぎょうの着物きものをあなたにあげて、そのうえ給金きゅうきんもさしあげますから、明日みょうにちから、人形にんぎょうの代かわりになってくださいませんか?」と、主人しゅじんは、少女しょうじょに向むかっていいました。
「お人形にんぎょうの代かわりにですって?」
「そうです。生いきた人形にんぎょうとなって、この店みせさきにすわってくださるのです。」
「私わたしが、お人形にんぎょうになるのでございますか?」と、少女しょうじょは、黒くろい、うるおいのある目めを大おおきくみはりました。
「そうしたら、どんなに、この店みせの評判ひょうばんとなるでしょう。あなたは、たしかに、この人形にんぎょうよりは、幾倍いくばい美うつくしいかしれない。」と、主人しゅじんはいいました。
少女しょうじょは、じょうだんでなく、ほんとうに主人しゅじんが相談そうだんをしましたので、自分じぶんには、願ねがいのあることでもありますから、なにをして働はたらくのも同おなじだと考かんがえて、とうとう翌日よくじつから、この店みせの飾かざりをつとめる、生いきた人形にんぎょうになることを承諾しょうだくしました。
生いきた人形にんぎょうが、店飾みせかざりになったといううわさが四方ほうに広ひろまりますと、町まちの人々ひとびとは、みんな、一度どそれを見みようと前まえへやってきたので、この呉服店ごふくてんの前まえは、いつもにぎやかでありました。
「なかなか美人びじんじゃないか?」
「あの、青あおっぽい着物きものが、ばかに似合にあっている。」
こんなように、そこに立たった人々ひとびとの口くちから交かわされたのです。
「きっと、これから、生いきた店飾みせかざりが流行りゅうこうすることだろう……。」と、また空想くうそうにふけりながらゆくものもありました。
いままで、客きゃくを前まえに集あつめた人形にんぎょうは、ただ美うつくしいばかりで、笑わらうこともなければ、動うごくこともなかった。どうせ、お人形にんぎょうだというので、見みる人ひとたちも、それを要求ようきゅうするものはなかったけれど、これが、生いきている人間にんげんだとわかると、中なかには、美うつくしい少女しょうじょに向むかって話はなしかけるものもありました。けれど、店みせの飾かざりとなっているうえは、だれとても、みだりに話はなしてはいけないということになっていましたので、少女しょうじょは、返事へんじをしなかったのでありますが、あまりおかしいときには、ついにっこりと笑わらうこともありました。そして、また体からだも動うごかさずにいられませんでした。
「なるほど、この人形にんぎょうは生いきている!」といって、いまさらのように感歎かんたんする人ひともあったのです。
「やはり、生いきているほうが、見みていても張はり合あいがあっていいな。死しんでいる人形にんぎょうでは、つまらない。よく、考かんがえついたものだな。」
こんなことをいって、ほめる男おとこもありました。こういうふうに、昨日きのうまでの、ものをいわない人形にんぎょうは、どこへか隠かくされてしまって、生いきている人形にんぎょうの評判ひょうばんは、日ひにまし高たかくなりました。
少女しょうじょは、夜よるになってから、店みせが閉しまると、自分じぶんの宿やどへ帰かえりました。いろいろの人ひとが、帰かえり道みちに声こえをかけました。しかし、少女しょうじょは、心こころに願ねがいがあったので、気きがしまっていましたから、けっして、よけいな言葉ことばなどはかわしません。さっさと道みちを歩あるいてゆきました。
ある月夜つきよの晩ばんのことです。少女しょうじょがあるいてゆきますと、うしろから自分じぶんを呼よびとめるものがあります。それは、いつにないやさしい声こえであったから、ふと立たちどまってふり向むきますと、おばあさんでありました。
「おまえさんには、青あおい色いろがよく似合にあうこと。ほんとうに、美うつくしい娘むすめさんだ。しかし生うまれはこの町まちの人ひとでないようだが、どうして、この町まちへきましたか。知しった人ひとでもおありなさるのかね。」と、たずねました。
少女しょうじょは、おばあさんなので安心あんしんして、つい自分じぶんの身みの上うえを語かたったのです。
「いいえ、私わたしは、まったく一人ひとりぽっちなのでございます。お母かあさんと二人ふたりで、家うちにいましたときは、どんなに幸福こうふくでしたか……。お母かあさんは、私わたしをかわいがってくださいました。お父とうさんのお顔かおを知しりません。ごく私わたしの小ちいさいときになくなられたんですもの。そして、兄にいさんがありましたけれど、私わたしの六つのときに、家出いえでをして、そののちたよりがないので、かわいそうなお母かあさんは、死しぬまで、兄にいさんは、どこにどうしているだろうといっていなされました……。」
おばあさんは、少女しょうじょの話はなしを月つきの下したで、すこしも聞ききもらすまいと耳みみを傾かたむけていました。
「それで、おまえさんは、家いえなしになってしまったのですかい。」と、おばあさんはいった。
「家いえなしに?」
少女しょうじょは、なんというさびしい言葉ことばだろう? こういわれると、胸むねがふさがるように悲かなしかったのでした。なるほど、考かんがえれば、もうどこにも自分じぶんの帰かえる家うちはない。ただこのうえは、ひとりの兄あにをどうしてもさがさなければならぬという、日ひごろの願ねがいに、気きがひきたったのです。
「お母かあさんがなくなられたので、私わたしは、兄にいさんをさがしに、故郷こきょうを出でました。しかし、旅たびをしている間あいだに、持もっているだけの旅費りょひを使つかいはたしましたから、この町まちで働はたらいて、また旅たびをしようと思おもっています。」と、答こたえました。
「それは、感心かんしんなことだ。けれど、あてもなく歩あるいたって、兄にいさんにめぐりあうことは、むずかしいもんだ。」と、おばあさんはいった。
これを聞きくと、少女しょうじょは、月つきの下したで、霜しもになやんだ弱よわい花はなのようにしおれてしまいました。
「おばあさん、どうしたら、私わたしはこの世よの中なかで、ただ一人ひとりの兄にいさんにめぐりあうことができるでしょうか……。」と、訴うったえたのです。
白髪頭しらがあたまのおばあさんは、考かんがえていましたが、
「それは、方々ほうぼうの人ひとの出入でいりするところへいって、いろいろの人ひとに、おまえさんの兄にいさんの話はなしをして聞きいてみなければ、わかりっこはないよ。私わたしがいいところへつれていってあげるから、明日あすの晩ばんに、町まちはずれの橋はしの上うえにいって待まっておいで……。きっとだよ。私わたしは、おまえさんの身みの上うえを悪わるくとりはからわないから。」と、おばあさんはいいました。
少女しょうじょは、しんせつなおばあさんだと思おもって、その夜よは別わかれて帰かえりました。
翌日よくじつになると、少女しょうじょは、人形にんぎょうのかわりになって、店みせさきでつとめるのも今日きょうかぎりだと思おもうと、町まちの景色けしきを見みるにつけ、なんとなく、もの悲かなしかったのであります。
呉服店ごふくてんの主人しゅじんというのは、気軽きがるなおもしろい人ひとでした。少女しょうじょは、自分じぶんの身みの上うえを打うちあけて話はなしたのは、おばあさんと主人しゅじんの二人ふたりぎりでしたが、主人しゅじんはどうかして、兄にいさんにあわしてやりたいと、蔭かげながら心配しんぱいしていましたので、新聞記者しんぶんきしゃに話はなしたものとみえて、このことが土地とちの新聞しんぶんに載のりました。すると、生いきた人形にんぎょうの身みの上話うえばなしが、たちまち町まちの中なかにひろまったのでした。
ちょうど、その日ひのことであります。青年せいねんが、呉服店ごふくてんへたずねてきました。
「私わたしが、兄あにです。」といって、少女しょうじょに面会めんかいを求もとめました。けれど、彼女かのじょは、子供こどもの時分じぶんに別わかれたので、兄にいさんの顔かおをおぼえていません。
「ほんとうに、お兄にいさんでしょうか?」と、少女しょうじょは、美うつくしい目めで、じっと青年せいねんを見みつめていました。
「なにしろ十年ねんもたったのだから、忘わすれてしまったのに無理むりはない。けれど、僕ぼくには、雪ゆきちゃんの小ちいさな時分じぶんのかわいらしい姿すがたが、ありありと目めに残のこっているよ。」と、青年せいねんはいって、
「僕ぼくも、覚悟かくごをして家いえを出でたのだから、りっぱな画家がかにならなければ、帰かえらないと思おもっていたのだ……。」と、語かたりました。そして、ふところから、お母かあさんの写真しゃしんを出だして、妹いもうとに見みせたのであります。
「一日にちだって、お母かあさんのことを思おもい出ださない日ひとてなかった。」といって、青年せいねんは涙なみだを落おとしました。
少女しょうじょは、いま、彼かれをほんとうの兄あにだと信しんじて、疑うたがうことができない。一時じに、喜よろこびと悲かなしみとで胸むねがいっぱいになって、張はり裂さけるようでありました。
「兄にいさん! 兄にいさん! ああ、私わたしは、とうとう兄にいさんにめぐりあった。お母かあさん……なぜ死しになされたの、お母かあさん……。」と、兄あににすがりついたのでした。そして、もし、今日きょう兄にいさんにめぐりあわなければ、晩ばんには、あのおばあさんにつれられて、また遠とおく、どこかへいってしまったであろう……と話はなしました。
「それは、片目かための白髪しらがのおばあさんじゃなかったかい?」と、兄あには聞ききました。
「片目かためだったかもしれません。たいへんにしんせつな……。」
すると、かたわらに、いっさいの話はなしを聞きいていた主人しゅじんも、また兄あにもびっくりして、
「あのおばあさんに、見みこまれたら、どうしても逃にげられはしないということだ。怖おそろしいかどわかしのおばあさんなのだ! 仲間なかまが、幾人いくにんあるかもわからない。きっと船着ふなつき場ばの町まちへ、おまえを売うるつもりだったろう。なんにしても、早はやくこの町まちから逃にげ出ださなければいけない。」といいました。
その晩ばんのことであります。あちらには、港みなとのあたりの空そらをあかあかと燈火とうかの光ひかりが染そめていました。そして、汽笛きてきの音おとや、いろいろの物音ものおとが、こちらの町まちの方ほうまで流ながれてきました。また一方ぽうは、はるかに、青黒あおぐろい山脈さんみゃくが、よく晴はれた月つきの明あかるい空そらの下したに、えんえんと連つらなっていました。その広野こうやを青あおい着物きものをきて、頭あたまに淡紅色うすべにいろの布ぬのをかけて、顔かおを隠かくし、白しろい馬うまに乗のって馬子まごに引ひかれながら、とぼとぼと山やまの方ほうを指さしてゆく女おんながありました。
馬うまはだまっていました。乗のっている人ひともだまっていました。そして、馬うまを引ひいてゆく人ひともだまっていました。ただ月つきの光ひかりに、あたりはぼうっと夢ゆめのようにかすんで、はてしもない広ひろい野原のはらに、これらの人ひとたちは、絵えのごとく浮ういて見みえたのです。
このとき、黒くろい人影ひとかげが、その後あとを追おってきました。二人ふたり、三人にん、めいめい手てに棒ぼうを持もってわめいてきました。とうとう彼かれらは、馬うまに追おいつくと、行ゆく手てをさえぎって、
「青あおい着物きものをきている。この女おんなだ。もうけっして逃にがしはしないぞ。」と、追おってきたものどもはいいました。
馬子まごは、たまげて、その人ひとたちのようすをながめました。
「おい、この女おんなをどこへつれてゆくつもりだ?」と、一人ひとりは、たずねました。
「この方かたは、おしでございます。そして、今夜こんやの中うちに、あの山やまのいただきのお寺てらまでおつれもうしますので。夜よが明あけると尼あまさんにおなりなさるのだそうでございます……。」と、馬子まごは、答こたえました。
「まあ、いいから、ここから、馬うまを町まちまでもどせ!」と、追おっ手てはせまりました。
ふたたび、月つきの明あかるい野原のはらを歩あるいて、一行こうは、町まちはずれの橋はしの上うえまでまいりますと、白髪しらがのおばあさんがそこに立たって待まっていました。
「よく、私わたしにだまって逃にげたな。」と、おばあさんは、怒いかって、馬うまから女おんなを引ひき下おろして、女おんなのかぶっていた布きれを取とりのけて、怖おそろしい目めで、顔かおをにらみました。
「え、これは、ほんとうの人形にんぎょうだ。私わたしは、生いきている人形にんぎょうをつれてこいといったのだ!」と、おばあさんは叫さけびました。みんなも、あっけにとられて、人形にんぎょうを見みました。
こうしている間あいだに、ほんとうの少女しょうじょは、もう兄にいさんといずくへか、この町まちから去さった時分じぶんであります。
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