返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 小川未明童話集 » 正文

あらしの前の木と鳥の会話(3)

时间: 2022-09-19    进入日语论坛
核心提示:三 乞食こじきの子こは、胡弓こきゅうを持もって、街まちへやってきました。父親ちちおやは、村むらを歩あるいて、子供こどもは
(单词翻译:双击或拖选)
 

三


 乞食こじきの子こは、胡弓こきゅうを持もって、街まちへやってきました。父親ちちおやは、村むらを歩あるいて、子供こどもは、一人ひとりで街まちへきたのであります。
 いい天気てんきでありました。ある橋はしのところへくると、馬うまが重おもい荷にを車くるまにつけて、引ひいてきかかりました。そして、そこまでくると、もう歩あるけなそうに、止とまってしまいました。
 馬引うまひきは、綱つなで、ピシリ、ピシリと馬うまのしりをたたきつけました。馬うまは、苦痛くつうにたえかねて跳はね上あがりました。
 これを、見みている人ひとたちは、みんなびっくりしました。
「ちと、荷にが、重おもすぎるのだ。」といった人ひともあります。
「かわいそうに。」と、馬うまに、同情どうじょうした人ひともあります。
 乞食こじきの子供こどもは、どうなることかと思おもって、しばらく立たって見みていました。そのうちに、とうとう馬うまは、橋はしを渡わたって、重おもい荷車にぐるまを引ひいていってしまいました。このとき、先刻せんこく、馬うまを「かわいそうに。」といった人ひとが、そばの男おとこに向むかっていったのです。
「人間にんげんは、ああして、馬うまや、牛うしをずいぶん思おもいきった使つかい方かたをしているが、幸さいわいに馬うまや、牛うしがものをいえないからいいようなものの、もし馬うまや、牛うしが、ものがいえたら、きっとそんな使つかい方かたはできないだろう。けっして、黙だまってはいないからね。ものがいえないで幸さいわいだ。」といいました。すると、相手あいての男おとこは、それに、答こたえて、
「たとえ、ものがいえなくても、馬うまや、牛うしや、また、ねこや、犬いぬが、笑わらったり、泣ないたりしたら、どうだろうね。」といいました。
「どんなに、気味きみの悪わるいことか。」と、二人ふたりは、こういって笑わらいました。
 子供こどもは、この話はなしを帰かえったら、父ちちや、山やまの木きや、鳥とりに、話はなしてやろうと思おもいました。
 子供こどもは、街まちを歩あるいていますと、鳥屋とりやがありました。大おおきな台だいの上うえで、男おとこが、三人にんも並ならんで、ぴかぴか光ひかる庖丁ほうちょうで鶏とりの肉にくを裂さき、骨ほねをたたき折おっていました。真まっ赤かな血ちが、台だいの上うえに流ながれていました。その台だいの下したには、かごの中なかで他たの鶏にわとりが餌えを食たべて遊あそんでいました。
 鳥屋とりやの前まえに、二人ふたりの学生がくせいが立たって、ちょっとその有あり様さまを見みてゆきすぎました。子供こどもは、「なんというむごたらしいことだろう。」と、思おもいました。そして、自分じぶんも、学生がくせいの後うしろについて、ゆきかかりますと、学生がくせいが、話はなしをしていました。
「鶏にわとりというやつは、ばかなもんだね。仲間なかまが殺ころされている下したで、知しらぬ顔かおをして、餌えを食たべているんだもの。」といいました。すると一人ひとりは、それを打うち消けすようにして、
「人間にんげんだって同おなじじゃないか、毎日まいにちのように、若わかいもの、年寄としよりの区別くべつなく死しんで墓はかへゆくのに、自分じぶんだけは、いつまでも生いきていると思おもって、欲深よくふかくしているのだ。」といいました。
 子供こどもは、これを聞きいて、なるほどと思おもいました。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%

热门TAG: