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いいおじいさんの話(2)

时间: 2022-10-14    进入日语论坛
核心提示:「これなら、もう、安心(あんしん)だ。」と、おじいさんは、思(おも)いました。 ある夜(よ)のこと、星(ほし)の光(ひかり)は、凍
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「これなら、もう、安心(あんしん)だ。」と、おじいさんは、思(おも)いました。
 ある夜(よ)のこと、星(ほし)の光(ひかり)は、凍(こお)ったように白(しろ)く見(み)えたけれど、もう、やがて春(はる)がきかかっているのがわかりました。おじいさんは、山(やま)で仕事(しごと)をして、おそく帰(かえ)ってきますと、いつかの天使(てんし)が、大工(だいく)の家(いえ)の窓(まど)の下(した)に、しょんぼりと立(た)っていました。いつかのように素跣(すはだし)で、脊(せ)に白(しろ)い翼(つばさ)がありました。
 おじいさんは、神(かみ)さまというものは、一人(ひとり)の子供(こども)をこの世(よ)の中(なか)に送(おく)るために、これほど気遣(きづか)われるものかということをはじめて知(し)りました。
「この家(や)の亭主(ていしゅ)は、もうあのときから、酒(さけ)をやめて、子供(こども)の生(う)まれる仕度(したく)をしています。あのように二人(ふたり)が、楽(たの)しそうに話(はなし)をしている声(こえ)がきこえています。もう、ご心配(しんぱい)なさることはありません……。」と、おじいさんは、いいました。
 やさしい、美(うつく)しい天使(てんし)は、それでも、まだなんとなく安心(あんしん)しない気持(きも)ちをして、涙(なみだ)に光(ひか)った目(め)を、いたいたしげな自分(じぶん)の足(あし)もとに落(お)としていました。
「俺(わし)は、はじめて、あなたのお姿(すがた)を見(み)たのでありますが、どの人(ひと)も、この世(よ)の中(なか)に生(う)まれてくる時分(じぶん)には、こうして、神(かみ)さまがご心配(しんぱい)なさるものでございましょうか。」と、おじいさんは、天使(てんし)に向(む)かって聞(き)きました。
 天使(てんし)は、この長(なが)い年月(としつき)を、生活(せいかつ)と戦(たたか)ってきて、いまこのように疲(つか)れて見(み)えるおじいさんの清(きよ)らかな目(め)をうつしながら、
「どの人(ひと)が生(う)まれてくるときも、健(すこ)やかに、平和(へいわ)に育(そだ)つようにと思(おも)って、心配(しんぱい)するかしれません。そして、親(おや)たちは、みんな子供(こども)を大事(だいじ)にしなければならないと思(おも)いますのに、いつか自分(じぶん)たちのことにかまけて、忘(わす)れてしまいます。生(う)まれない前(まえ)までは神(かみ)の力(ちから)で、どうにもすることができるけれど、ひとたび、世(よ)の中(なか)のものとなってしまえば、神(かみ)の力(ちから)のとどくはずはありません。人間(にんげん)にすべてを悟(さと)る力(ちから)を神(かみ)は与(あた)えたはずですけれど、それを忘(わす)れてしまえばまた、どうすることもできないのです……。」と、天使(てんし)は答(こた)えました。
 おじいさんは、天使(てんし)の話(はなし)を聞(き)いているうちに、遠(とお)い過去(かこ)の、青春(せいしゅん)の時代(じだい)に、自分(じぶん)の魂(たましい)が帰(かえ)ったように感(かん)じました。あの時分(じぶん)から、自分(じぶん)は正(ただ)しく生(い)きようと心(こころ)がけてきたが、顧(かえり)みればまだどれほど後悔(こうかい)されることの多(おお)かったことかしれない。若(わか)いものは、これから、一生(しょう)をもったいなく思(おも)って、ほんとうに有益(ゆうえき)に、正(ただ)しく送(おく)らなければならないだろう……と思(おも)いました。
「よく、あなたのおっしゃることがわかりました。よく、この家(いえ)の女房(にょうぼう)にも、子供(こども)をしからないように、注意(ちゅうい)しますし、みんなが、いい生活(せいかつ)をするように、私(わたし)の力(ちから)で、できるかぎり心(こころ)がけさせます。」と、おじいさんは誓(ちか)いました。
 いつしか、白(しろ)い天使(てんし)の姿(すがた)は、どこへか消(き)えてしまいました。
 幾何(いくばく)もなくして、この家(いえ)に、赤(あか)ん坊(ぼう)が生(う)まれました。それからというもの、女房(にょうぼう)は、ほんとうにやさしい、いいお母(かあ)さんとなり、亭主(ていしゅ)はよく働(はたら)く大工(だいく)となって、二人(ふたり)は、赤(あか)ん坊(ぼう)の顔(かお)を見(み)るのが、なによりの楽(たの)しい、なぐさめとなったのであります。
 おじいさんは、仕事(しごと)の帰(かえ)りに、この家(うち)へ立(た)ち寄(よ)って、平和(へいわ)な有(あ)り様(さま)を見(み)るのが、またなによりの喜(よろこ)びでありました。
 そして、何人(なんぴと)によらず、子供(こども)をしかるのを見(み)ると、おじいさんは、
「おまえが生(う)んだから、自分(じぶん)のものだとばかり思(おも)ってはいけない。神(かみ)さまこそ、ほんとうのこの子供(こども)のお母(かあ)さんだから、自分(じぶん)の機嫌(きげん)にまかせて、子供(こども)を育(そだ)ててはならない。」といいました。
 村(むら)の人(ひと)たちは、いまごろ、神(かみ)さまなどというおじいさんをばかにして、笑(わら)っていました。
「おじいさん、神(かみ)さまの子供(こども)なら、人間(にんげん)は、神(かみ)さまでなければならないじゃないか、それだのにいい人(ひと)もあれば、わるい人(ひと)もある。これは、どうしたことだ?」と問(と)いました。
 そのとき、おじいさんは、いつか天使(てんし)が、
「人間(にんげん)は生(う)まれてくるとき、すべての悟(さと)る力(ちから)を授(さず)けられてきたのだが、いつか忘(わす)れてしまって、正(ただ)しい生活(せいかつ)ができなくなったのだ……。」といったことを思(おも)い出(だ)しました。
 おじいさんは、そんなことをこの人(ひと)たちにいっても信(しん)じてくれないと思(おも)いました。まして、自分(じぶん)が、翼(つばさ)のある天使(てんし)を見(み)たなどといっても、大工(だいく)の夫婦(ふうふ)はじめ、それをほんとうにしてはくれないと思(おも)いました。
 そう思(おも)うと、おじいさんは、さすがに悲(かな)しかったのであります。
 おじいさんは、どうかもう一度(ど)、天使(てんし)を見(み)たいと思(おも)いました。そうしたら、今度(こんど)こそよく見(み)ておこう……。そして、ほかの人(ひと)にもそっと知(し)らしてやろうと思(おも)いました。けれど、ふたたび、天使(てんし)を見(み)ることはできませんでした。
 そのうちに、春(はる)になりました。長(なが)い冬(ふゆ)の間(あいだ)じっとしていた草木(そうもく)は、よみがえって、空(そら)は緑色(みどりいろ)に、あたたかな風(かぜ)が吹(ふ)きました。おじいさんは、空(そら)に向(む)かって、黙(だま)って感謝(かんしゃ)しました。

――一九二五・一二作――

 

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