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犬と人と花

时间: 2022-10-17    进入日语论坛
核心提示:犬と人と花小川未明 ある町(まち)はずれのさびしい寺(てら)に、和尚(おしょう)さまと一ぴきの大(おお)きな赤犬(あかいぬ)とが住
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犬と人と花

小川未明


 ある町(まち)はずれのさびしい寺(てら)に、和尚(おしょう)さまと一ぴきの大(おお)きな赤犬(あかいぬ)とが住(す)んでいました。そのほかには、だれもいなかったのであります。
 和尚(おしょう)さまは、毎日(まいにち)御堂(おどう)にいってお経(きょう)を上(あ)げられていました。昼(ひる)も、夜(よる)も、あたりは火(ひ)の消(き)えたように寂然(ひっそり)として静(しず)かでありました。犬(いぬ)もだいぶ年(とし)をとっていました。おとなしい、聞(き)き分(わ)けのある犬(いぬ)で、和尚(おしょう)さまのいうことはなんでもわかりました。ただ、ものがいえないばかりでありました。
 赤犬(あかいぬ)は、毎日(まいにち)、御堂(おどう)の上(あ)がり口(くち)におとなしく腹(はら)ばいになって、和尚(おしょう)さまのあげるお経(きょう)を熱心(ねっしん)に聞(き)いていたのであります。和尚(おしょう)さまは、どんな日(ひ)でもお勤(つと)めを怠(おこた)られたことはありません。赤犬(あかいぬ)も、お経(きょう)のあげられる時分(じぶん)には、ちゃんときて、いつものごとく瞼(まぶた)を細(ほそ)くして、お経(きょう)の声(こえ)を聞(き)いていました。
 お寺(てら)の境内(けいだい)には、幾(いく)たびか春(はる)がきたり、また去(さ)りました。けれど、和尚(おしょう)さまと犬(いぬ)の生活(せいかつ)には変(か)わりがなかったのであります。
 和尚(おしょう)さまは、ある日(ひ)赤犬(あかいぬ)に向(む)かって、
「おまえも年(とし)をとった。やがて極楽(ごくらく)へゆくであろうが、私(わたし)はいつも仏(ほとけ)さまに向(む)かって、今度(こんど)の世(よ)には、おまえが徳(とく)のある人間(にんげん)に生(う)ま変(か)わってくるようにとお願(ねが)い申(もう)している。よく心(こころ)で、仏(ほとけ)さまに、おまえもお願(ねが)い申(もう)しておれよ。おそらく、三十年(ねん)の後(のち)には、おまえは、またこの娑婆(しゃば)に出(で)てくるだろう。」といわれました。
 赤犬(あかいぬ)は、和尚(おしょう)さまの話(はなし)を聞(き)いて、さもよくわかるようにうなだれて、二つの目(め)から涙(なみだ)をこぼしていました。
 数年(すうねん)の後(のち)に、和尚(おしょう)さまも犬(いぬ)も、ついにこの世(よ)を去(さ)ってしまいました。
 三十年(ねん)たち、五十年(ねん)たち、七十年(ねん)とたちました。この世(よ)の中(なか)もだいぶ変(か)わりました。
 ある村(むら)に一人(ひとり)のおじいさんがありました。目(め)の下(した)に小(ちい)さな黒子(ほくろ)があって、まるまるとよくふとっていました。歩(ある)くときは、ちょうど豚(ぶた)の歩(ある)くようによちよちと歩(ある)きました。
 おじいさんは、かつて怒(おこ)ったことがなく、いつもにこにこと笑(わら)って、太(ふと)い煙管(きせる)で煙草(たばこ)を喫(す)っていました。そのうえ、おじいさんは、体(からだ)がふとっていて働(はたら)けないせいもあるが、怠(なま)け者(もの)でなんにもしなかったけれど、けっして食(く)うに困(こま)るようなことはありませんでした。
「おじいさん、今年(ことし)は豆(まめ)がよくできたから持(も)ってきました。どうか食(た)べてください。」
「おじいさん、芋(いも)を持(も)ってきました。どうか食(た)べてください。」
「おじいさん、なにか不自由(ふじゆう)なものがあったら、どうかいってください。なんでもしてあげますから。」
 いろいろに、村(むら)の人々(ひとびと)は、おじいさんのところにいってきました。そうして、おじいさんがもらってくれるのをたいへんに喜(よろこ)びましたほど、おじいさんは、みんなから慕(した)われていました。
 村(むら)で若(わか)い者(もの)がけんかをすると、おじいさんは太(ふと)い煙管(きせる)をくわえて、よちよちと出(で)かけてゆきました。みんなは、おじいさんの目(め)の下(した)の黒子(ほくろ)のある笑顔(えがお)を見(み)ると、どんなに腹(はら)がたっていても急(きゅう)に和(やわ)らいでしまって、その笑顔(えがお)につりこまれて自分(じぶん)まで笑(わら)うのでありました。
 また、村(むら)の人々(ひとびと)は、どんなに働(はたら)いて疲(つか)れているときでも、おじいさんが、そこを通(とお)りかかって、
「いいお天気(てんき)でございます。よく精(せい)が出(で)るのう。」と、声(こえ)をかけられると、人々(ひとびと)は急(きゅう)に晴(は)れ晴(ば)れした気持(きも)ちになって、また仕事(しごと)にとりかかったのであります。
 おじいさんは、この村(むら)では、なくてはならぬ人(ひと)になりました。おじいさんさえいれば、村(むら)は平和(へいわ)がつづいたのであります。おじいさんは、若者(わかもの)の相手(あいて)にもなれば、また子供(こども)らの相手(あいて)となりました。
 けれどおじいさんは、べつに富(と)んではいませんでした。食(た)べることに困(こま)らなかったというまでであります。そうして、乞食(こじき)や、旅人(たびびと)の困(こま)るものには、なんでも余(あま)ったものは分(わ)けてやりました。
 あるときのことです。村人(むらびと)は、畑(はたけ)から取(と)れたものを持(も)って、おじいさんの庭先(にわさき)へやってまいりました。
「おじいさん、これを食(た)べてください。」といいました。
 いつものごとく、にこにことして煙草(たばこ)を吸(す)っていたおじいさんは、その日(ひ)にかぎって、常(つね)よりは元気(げんき)なく、
「もう、私(わたし)は、なんにもいらないから。」と答(こた)えて、軽(かる)く頭(あたま)を振(ふ)りました。
 村人(むらびと)は、どうしたことかと心配(しんぱい)でなりませんでした。
 その明(あ)くる日(ひ)、おじいさんは気分(きぶん)が悪(わる)くなって床(とこ)につくと、すやすやと眠(ねむ)るように死(し)んでしまいました。いいおじいさんをなくして、村人(むらびと)は悲(かな)しみました。そうして、懇(ねんご)ろにおじいさんを葬(ほうむ)って、みんなで法事(ほうじ)を営(いとな)みました。
「ほんとうに、だれからでも慕(した)われた、徳(とく)のあるおじいさんだった。」と、人々(ひとびと)はうわさをいたしました。
 また、二十年(ねん)たち、三十年(ねん)たちました。おじいさんの墓(はか)のそばに植(う)えた桜(さくら)の木(き)は、大(おお)きくなって、毎年(まいねん)のくる春(はる)には、いつも雪(ゆき)の降(ふ)ったように花(はな)が咲(さ)いたのであります。
 ある年(とし)の春(はる)の長閑(のどか)な日(ひ)のこと、花(はな)の下(した)にあめ売(う)りが屋台(やたい)を下(お)ろしていました。屋台(やたい)に結(むす)んだ風船玉(ふうせんだま)は空(そら)に漂(ただよ)い、また、立(た)てた小旗(こばた)が風(かぜ)に吹(ふ)かれていました。そこへ五つ六つの子供(こども)が三、四人(にん)集(あつ)まって、あめを買(か)っていました。
 頭(あたま)の上(うえ)には、花(はな)が散(ち)って、ひらひらと風(かぜ)に舞(ま)っていました。

 

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