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残された日(2)

时间: 2022-12-04    进入日语论坛
核心提示:と、先生せんせいはいって、また一同どうをじろじろと見みまわしました。長吉ちょうきちは心こころのうちでどうか自分じぶんはの
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と、先生せんせいはいって、また一同どうをじろじろと見みまわしました。長吉ちょうきちは心こころのうちでどうか自分じぶんはのがれてくれればいいがと、くびをすくめていました。
「吉田よしださん、出でて、第だい二番ばんめをお書かきなさい。」
と、先生せんせいはいいました。長吉ちょうきちはやっと自分じぶんでなかったので安心あんしんしましたが、吉田よしだと呼よばれた生徒せいとと自分じぶんとはわずかに二、三人にん間あいだを隔へだてているくらいでありましたから、なんとなく脱のがれがたいような気きがして胸むねがどきどきいたしました。吉田よしだはぐずぐずしてすぐに出でていかなかったので、いっそう長吉ちょうきちは気きがいらいらして、もし自分じぶんにあたったらどうしよう、このまえのときも自分じぶんはできなかったのだから、きっとしかられるに違ちがいがないと気きをもんでいました。それでもついに吉田よしだは出でてゆきました。そして黒板こくばんに答こたえを書かきました。それは滞とどこおりなくできていたので、吉田よしだの顔かおは華はなやいでうれしそうでありました。
「今度こんどは……第だい三番ばんめを、中村なかむらさん、出でてお書かきなさい。」
と、俄然がぜん、先生せんせいの命令めいれいは、長吉ちょうきちの頭あたまの上うえに落おちたのであります。彼かれの耳みみは焼やけるように熱あつくなって、急きゅうに血ちが上のぼって顔かおは赫々かくかくとなりました。彼かれは出でても書かけなかったから、いつまでもぐずぐずしていました。すると、
「さあ、早はやくおいでなさい。あなたは、してこなかったのでしょう。このまえのときもしなかったじゃありませんか。」
と、先生せんせいは、かんしゃくを起おこしていいました。けれど長吉ちょうきちは下したを向むいて、黙だまっていてついに出でなかったのです。
「よろしい。今日きょうは帰かえってはいけませんよ。後あとにお残のこんなさい。」
と、先生せんせいは怒おこった声こえでいいつけて手帳てちょうになにか書かき入いれました。
長吉ちょうきちは、もうしかたがなかったのです。心こころのうちで祈いのったことがなんの役やくにも立たたなかったのです。そしてその日ひは、ほかの生徒せいとらが勇いさんで帰かえってしまったにかかわらず、独ひとり教室きょうしつに残のこっていたのです。広ひろい教場きょうじょうの中なかに、ただ自分じぶんひとりぎりになると急きゅうに四辺あたりが寒さむく、わびしくなって見みえました。いままでそこには知しった顔かおがあったのが、まったく空漠くうばくとなって机つくえだけがならんでいるばかりです。そしてうす濁にごったように曇くもったガラス窓まどをとおして外そとを見みますと、灰色はいいろの寒さむそうな空そらが低ひくく垂たれ下さがっていて、一面めんに下したには雪ゆきが積つもっているのでした。
だんだん時ときがたつに従したがって、長吉ちょうきちは心細こころぼそくなってきました。そして、いまごろお母かあさんは自分じぶんの帰かえりが遅おそいからどんなに心配しんぱいしていなさるだろうと思おもいますと、かえって自分じぶんは気きが気きでなかったのです。そのとき、寒さむい風かぜに吹ふかれてどこからともなく、からすが一羽わ飛とんできて、窓まどぎわに立たっていたかきの木きの枯かれ枝えだに止とまりました。そして小こくびをかしげてこちらをのぞいて、
「あほう、あほう。」
とあざけるようにないて、またいずこへとなく飛とび去さってしまいました。長吉ちょうきちはもはや胸むねの中うちが悲かなしみでいっぱいでしたから、これに対たいして怒おこる気きにもなれませんでした。彼かれはただ母親ははおやがどう思おもって心配しんぱいなさっているだろうかと、そればかり考かんがえていたのです。
からすが飛とび去さった後のち、まもなくすずめが二、三羽ばやはり同おなじ枝えだにきて止とまって、窓まどの内側うちがわをのぞくようにしてないていました。しかしそれは、なんとなく哀あわれな長吉ちょうきちの心こころのうちを知しって、それに対たいして同情どうじょうしているように思おもわれましたので、長吉ちょうきちは窓まどのきわへいって、すずめのほうに顔かおを寄よせて、
「お母かあさんのところへいって、私わたしは今日きょう算術さんじゅつができなくて残のこされたからといっておくれ。」
と、小声こごえで切せつに頼たのんだのでありました。すずめはさながらこの依頼たのみを聞きき分わけたように、やがて小声こごえにないて、いずこへか飛とび去さってしまいました。するとほどなく先生せんせいがこの教場きょうじょうに入はいってきました。長吉ちょうきちは先生せんせいの前まえへ呼よび出だされた。
「あなたは勉強べんきょうしないんでしょう。勉強べんきょうをしてわからない道理どうりがない。」
と、先生せんせいはいいました。長吉ちょうきちは、いったいだれがこの算術さんじゅつの法則ほうそくを考かんがえ出だして作つくったものか、よほどその人ひとは偉えらい人ひとであると同時どうじに迷惑めいわくなことを考かんがえたものだ。それがために自分じぶんは、こんなに苦くるしまなければならぬのだと思おもいました。
「先生せんせい、あなたが算術さんじゅつというものをお作つくりになったのですか。」
と、長吉ちょうきちは突然とつぜん、先生せんせいに問といました。先生せんせいは驚おどろいたというふうで、
「いいや、私わたしが作つくったのではない、前まえからできていたのだ。」
と、低ひくい体からだを動うごかしながらいいました。
「先生せんせい、なんでもうすこし容易たやすく道理どうりがわかるように、その人ひとは算術さんじゅつを作つくらなかったのでしょうか。私わたしには、むやみに暗誦あんしょうしたり、法則ほうそくを覚おぼえてしまうことができないのです。」
と長吉ちょうきちは、先生せんせいに向むかって訴うったえるごとくいいました。
「おまえばかりではない、みんながそれを覚おぼえて、りっぱにできるじゃないか。それをできないのは、やはりおまえが勉強べんきょうせんからなんだ。」
と、先生せんせいはかえって長吉ちょうきちをしかりました。
長吉ちょうきちはやっと免ゆるされてその日ひの暮くれ方がた学校がっこうの門もんを出でたのでありました。彼かれは路みちを歩あるきながら、算術さんじゅつや、暗誦あんしょうなどのない、すずめの世界せかいやからすの世界せかいがつくづく恋こいしくうらやましかったのであります。そして、なんで自分じぶんはすずめに生うまれてこなかったろうかと思おもいました。彼かれは先刻さっき、学校がっこうの窓まどのところですずめに向むかって、お母かあさんに伝言ことづけをしてくれるようにと切せつに頼たのんだが、なにかいってくれたかしらと思おもいながら家いえに帰かえってきました。すると、母親ははおやは、たいへんに長吉ちょうきちの帰かえりが遅おそいので心配しんぱいして門口かどぐちの雪ゆきの上うえに立たって待まっていました。そして我わが子この顔かおを見みると、
「まあ、どうしてこんなに遅おそくなったのだ、日ひが暮くれるじゃないか。」
と、飛とび立たつように聞ききました。長吉ちょうきちは、心こころの中うちで、そんならあれほど頼たのんだのに、すずめはなんにも、きてお母かあさんに告つげてくれなかったのかと思おもい、つくづく鳥とりなどというものは真しんにつまらないものだ。やはり人間にんげんばかりがいちばん偉えらいのだということを感かんじたのであります。
 
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