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百姓の夢(3)

时间: 2022-12-07    进入日语论坛
核心提示:百姓しょうは、あちらへふらふら、こちらへふらふらと歩あるいているうちに、ちがった道みちの方ほうへいってしまいました。その
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百姓しょうは、あちらへふらふら、こちらへふらふらと歩あるいているうちに、ちがった道みちの方ほうへいってしまいました。そのうちに、一本ぽんの大おおきな木きの根ねもとにつまずきました。
「やあ、なんだい?」といって、百姓しょうはほおかぶりをした顔かおで仰あおぎますと、大おおきな黒くろい木きが星晴ほしばれのした空そらに突つっ立たっていました。懐ふところに入はいっている財布さいふや、腰こしにつけている子供こどもらへの土産みやげを落おとしてはならないと、酔よっていながら、彼かれは幾いくたびも心こころの中なかで思おもいました。そして、たしかに落おとした気遣きづかいはないと思おもうと、安心あんしんして、そのまま木きの根ねに腰こしをかけてしまいました。
彼かれは、ほんとうにいい気持きもちでありました。
ほおを吹ふく風かぜも、寒さむくはなかったのであります。あたりを見みまわすと、いつのまにか、晩春ばんしゅんになっていました。
まだ、野原のはらには咲さき残のこった花はなもあるけれど、一面めんにこの世よの中なかは緑みどりの色いろに包つつまれています。田たの中なかでは、かえるの声こえが夢ゆめのようにきこえて、圃はたけはすっかり耕たがやされてしまい、麦むぎはぐんぐん伸のびていました。
彼かれは、このごろ手てに入いれた若わかい牛うしのことを考かんがえながら、土手どてによりかかって空そらをながめていますと、野ののはての方ほうから、大おおきな月つきが上あがりかけました。空そらは、よく晴はれていて、月つきはまんまるくて、昼間ひるまのように、あたりを照てらしています。
「まあ、あんなに若わかい、いい牛うしは、この村むらでも持もっているものはたくさんない。みんな俺おれの牛うしを見みては、うらやまないものは一人ひとりもない……。」と、彼かれは、いい機嫌きげんで独ひとり言ごとをしていました。
すると、たちまち、あちらの方ほうから太鼓たいこの音おとがきこえ、笛ふえの音ねがして、なんだか、一時じににぎやかになりました。
「不思議ふしぎだ、もう日ひが暮くれたのに、なにがあるのだろう?」と、彼かれは思おもって、その方ほうを見守みまもっていました。
村むらじゅうの人ひとが総出そうでで、なにかはやしたてています。そのうち、こちらへ黒くろいものが、あちらの森もりの中なかから逃にげるようにやってきました。見みると、自分じぶんの家うちの牛うしであります。牛うしは、いつのまに小舎こやの中なかから森もりに出でたものか、その脊中せなかには二人ふたりの子供こどもたちが乗のって、一人ひとりは太鼓たいこをたたき、一人ひとりは笛ふえを吹ふいていました。
「いつのまに、子供こどもたちは、あんなに上手じょうずになったろう?」と、彼かれは感心かんしんして、耳みみを傾かたむけました。
「きっと、子供こどもらは、俺おれを探さがしにやってきたのだろう。いまじきに俺おれを見みつけるにちがいない。そして、ここへきて、俺おれの前まえで、太鼓たいこを打うち、笛ふえを吹ふいてみせるにちがいない。俺おれは、子供こどもらが見みつけるまで、黙だまって眠ねむったふりをしていよう……。」と思おもいました。
太鼓たいこをたたいたり、笛ふえを吹ふいたりしている、二人ふたりの子供こどもたちの姿すがたは、月つきがいいので、はっきりとわかりました。
やがて、牛うしは、彼かれのいる前まえへやってきました。子供こどもたちが、自分じぶんを見みつけて、いまにも飛とび降おりるだろうと思おもっていましたのに、牛うしは子供こどもたちを乗のせたまま、さっさと自分じぶんの前まえを通とおりすぎて、あちらへいってしまいました。
遠とおくに、池いけが見みえていました。池いけの水みずは、なみなみとしていて、その上うえに、月つきの光ひかりが明あかるく輝かがやいていました。若わかい牛うしは、ずんずん、その方ほうに向むかって歩あるいてゆきました。
彼かれは、驚おどろいて起おき上あがりました。なに用ようがあって、子供こどもたちは、池いけの方ほうに歩あるいて行いくのか? 自分じぶんはここにいるのに!
「おうい、おうい。」
彼かれは、牛うしを呼よび止とめようとしました。しかし、二人ふたりの子供こどもたちが笛ふえを吹ふいたり、太鼓たいこをたたいたりしているので、彼かれの呼よび声ごえは、子供こどもたちにはわからなかったのです。
百姓しょうがこのごろ手てに入いれたばかりの、若わかい黒くろい牛うしは、水みずを臆おくせずにずんずんと池いけの中なかに向むかって走はしるように歩あるいていきました。
このとき、百姓しょうは、後悔こうかいしました。これが前まえの年としとった牛うしであったら、こんな乱暴らんぼうはしなかろう。そして、自分じぶんがこんなに心配しんぱいすることはなかったろう。あの年としとった牛うしは、一度ど、暗くらい雪ゆきの降ふる夜よ、自分じぶんを助たすけたことがあった――あの牛うしなら、子供こどもを乗のせておいても安心あんしんされていたのに――と思おもいながら。彼かれは、大おおいに気きをもんでいました。
彼かれは、もはや、じっとして見みていることができずに、その後あとを追おっていきました。すると、すでに、牛うしは、自分じぶんの子供こどもを乗のせたまま池いけの中なかへどんどんと入はいっていきました。
「どうする気きだろう。」
百姓しょうは、たまげてしまって、さっそく裸はだかになりました。そして、自分じぶんも池いけのふちまで走はしっていったときは、もうどこにも牛うしの影かげは見みえなかったのであります。
彼かれは、のどが渇かわいて、しかたがありませんでした。草くさを分わけて池いけの水みずを手てにすくって、幾いくたびとなく飲のみました。
このとき、太鼓たいこの音おとと、笛ふえの音ねは、遠とおく、池いけを越こして、あちらの月つきの下したの白しろいもやの中なかから聞きこえてきました。
あの牛うしは、どうして水音みずおともたてずに、この池いけを泳およいでいったろう? 百姓しょうは、とにかく子供こどもたちが無事ぶじなので、安心あんしんしました。
彼かれは、また、そこにうずくまりました。すると、心地こころちよい春はるの風かぜは、顔かおに当あたって、月つきの光ひかりが、ますますあたりを明あかるく照てらしたのであります。
やっと夜よが明あけました。百姓しょうは驚おどろきました。小ちいさな、川かわの中なかに体からだが半分はんぶん落おちて、自分じぶんは道みちでもないところに倒たおれていたからです。帯おびは解とけて、財布さいふはどこへかなくなり、子供こどもたちの土産みやげに買かってきた笛ふえや太鼓たいこは、田たの中なかに埋うまっていました。
少々しょうしょう隔へだたったところには、高たかい大おおきな松まつの木きがありました。木きの上うえの冬空ふゆぞらは、雲ゆきゆきが早はやくて、じっと下界げかいを見みおろしていました。百姓しょうの家いえは、ここからまだ遠とおかったのです。
 
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