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人の身の上

时间: 2022-12-07    进入日语论坛
核心提示:人の身の上小川未明お花はなは、その時分じぶん叔父おじさんの家うちに雇やとわれていました。まだ十七、八の女中じょちゅうであ
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人の身の上

小川未明


お花はなは、その時分じぶん叔父おじさんの家うちに雇やとわれていました。まだ十七、八の女中じょちゅうでありました。小学校しょうがっこうへいっていたたつ子こは、毎日まいにちのように叔父おじさんのお家うちへ遊あそびにいっていました。叔父おじさんも、叔母おばさんも、たつ子こをかわいがってくださいましたから、ほとんど、自分じぶんの家うちも、かわりがなかったのであります。
叔父おじさんの家うちには、お花はなのほかに、もう一人ひとりお繁しげという女中じょちゅうがおりました。年としはかえって一つか二つ、お花はなよりは少すくなかったかもしれませんが、よく働はたらいて、よく気きがついて、気きの短みじかい叔父おじさんの気きにいりでありましたけれど、どういうものかお花はなは、よくいいつかったことを忘わすれたり、また、晩ばんになると、じきに居眠いねむりをしましたので、よく叔父おじさんから、小言こごとをいわれていました。
「もっと、気きをしっかりもたなければならんじゃないか。」と、叔父おじさんにいわれると、
「はい……はい。」といって、さすがに、顔かおを赤あかくして返事へんじをしましたが、すぐ、その後あとから忘わすれたように、物忘ものわすれをしたり、夜よるになると居眠いねむりをはじめました。
これにひきかえて、お繁しげのほうは、なにからなにまで、よく気きがつきました。それでありますから、よく叔父おじさんにも、叔母おばさんにも、かわいがられていました。叔母おばさんは、なにかにつけてもお花はなを不憫ふびんに思おもって、「よく、気きをおつけ。」と、やさしくいい聞きかされました。
けれど、やはりだめでした。お花はなは、いいつけられた用事ようじを満足まんぞくにしたことがなかったのです。叔父おじさんは、
「あの子こはだめだ。ほんとうに、ろくな暮くらしはしないだろう。」と、叔母おばさんに向むかっていっていられました。
「ほんとうに、困こまったものです。」と、叔母おばさんは、眉まゆをひそめて答こたえていられました。ある日ひのこと、叔父おじさんは、お花はなが、とても役やくにたたないから、暇ひまをやってしまうと、叔母おばさんに向むかっていっていられました。
たつ子こは、そのそばにいて、いわれたことを聞きいていたのでありますが、お花はながこれまで自分じぶんにやさしかったこと、あるときは、丁寧ていねいに髪かみを結ゆってくれたこと、あるときは、お手玉てだまを作つくってくれたことを思おもい出だすと、なんだかかわいそうでなりませんでした。
「叔父おじさん、お花はながかわいそうです。どうかお家うちに置おいてください。」と、叔父おじさんにお願ねがいいたしました。叔母おばさんもまた、
「わるいという性質せいしつではなし、気きがきかないというだけなのですから、もう一度ど、よく、わたしからいい聞きかせますから。それで、いけなかったときに、暇ひまをやることにしてください。」と、頼たのまれました。
そのときは、二人ふたりの言葉ことばに、やむなく、気短きみじかの叔父おじさんも我慢がまんをせずにはいられませんでした。たつ子こは、心こころの中うちで、もしお花はながこの家うちから出だされたら、その先さきは、どんな家うちにゆくであろうか、どこへいってもしかられはしまいか、そして、その行ゆく先さきがいい家うちならいいが、もしも、よくない家うちであったら、かわいそうだと思おもいました。もう一つは、お花はなと別わかれたら、おそらく、もう永久えいきゅうに、その顔かおを見みることができないであろうと思おもったのでありました。
しかし、お花はなはどうしても、叔父おじさんの気きにいりませんでした。そして、ついに、そのお家うちから暇ひまを出だされるようになったのです。お花はなは、泣ないて出でてゆきました。そのときたつ子こも、どんなに悲かなしかったでありましょう。やはり目めを真まっ赤かに泣なきはらしていました。そして、「どこへいっても体からだを大事だいじにしてね。」「遊あそびにいらっしゃいね。」といいました。すると、お花はなも目めから涙なみだを流ながして、
「どうぞ、お嬢じょうさんも、お達者たっしゃでいてくださいましね。」といって、たもとを顔かおにあてて泣なきました。
月日つきひのたつのは早はやいもので、そのときから、もう六、七年ねんはたちました。その間あいだに叔父おじさんは、病気びょうきでなくなってしまわれました。ある日ひのこと、お友ともだちといっしょに街まちを歩あるいていますと、あちらから子供こどもをおぶってくる、若わかい美うつくしい女おんながありました。で、よくその顔かおを見みますと、忘わすれもしないお花はなでありました。
お花はなはあののちお嫁よめにいって、おかあさんとなって、子供こどもをもったのでした。
「お花はなじゃなくって?」と、たつ子こは急きゅうに声こえをかけますと、
「ああ、お嬢じょうさんでございますか。こんなに大おおきくおなりあそばして?」と、お花はなはびっくりいたしました。
「だんなさま、奥おくさまは、お達者たっしゃでございますか?」といって、お花はなは、叔父おじさんや、叔母おばさんのようすを聞ききました。ですから、たつ子こは、叔父おじさんが、おととしなくなられたことを話はなすと、
「すこしもぞんじませんで……。」といって、お花はなは泣なくのでありました。
その日ひ、たつ子こは、家いえに帰かえってから、叔母おばさんの家いえへいって、お花はなに道みちであったこと、お花はなが、いいおかみさんになって子供こどもをもっていることなどを話はなしますと、叔母おばさんは、うなずきなされて、
「よく、ぼんやりしていて、叔父おじさんにしかられたが、あのときは、体からだがよくなかったのでしょう。しかし、性質せいしつは、やさしい、いい子こだから……。」といわれました。それにつけても、お繁しげは、どうなったか、たよりがありませんでした。たつ子こは、いまさらながら、人間にんげんの一生しょうは、だれにもわかるものでないことを感かんじたのであります。
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