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びんの中の世界(1)

时间: 2022-12-07    进入日语论坛
核心提示:びんの中の世界小川未明正坊まさぼうのおじいさんは、有名ゆうめいな船乗ふなのりでした。年としをとって、もはや、航海こうかい
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びんの中の世界

小川未明


正坊まさぼうのおじいさんは、有名ゆうめいな船乗ふなのりでした。年としをとって、もはや、航海こうかいをすることができなくなってからは、家うちにいて、ぼんやりと若わかい時分じぶんのことなどをおもい出だして、暮くらしていられました。
おじいさんは、しまいには、もうろくをされたようです。すくなくも、みんなには、そう思おもわれたのでした。なぜなら、海うみの中なかから拾ひろってきたような、朽くちかかった一枚まいの黒くろい板いたをたいせつにして、いつまでもそれを大事だいじにして持もっていられたからです。
また、おじいさんは、家うちの前まえに立たって、あちらの山やまのいただきをながめながら、
「まだ、こないかいな。」といわれました。
みんなは、それを不思議ふしぎに思おもったのです。
「おじいさん、だれがくるのですか?」と、家うちの人ひとが聞ききますと、
「海うみから、私わたしを迎むかえにこなければならぬはずじゃ。」と、おじいさんは、答こたえられました。
おじいさんが、とうとう亡なくなられてしまってから、おばあさんは、正坊まさぼうに、よくおじいさんの話はなしをして聞きかせました。
「おまえのおじいさんは、有名ゆうめいな船乗ふなのりだった。しかし、年としを取とられてから、もうろくをなさって、毎日まいにち、あちらの山やまの方ほうを見みて、海うみから、だれか呼よびにくるはずじゃといっていられた……。」
正坊まさぼうは、おじいさんの話はなしを聞きくたびに、なんとなく不思議ふしぎな感かんじがしたのです。そして、そのことを、まったくもうろくからの言葉ことばばかりでないというような気きがしたのでした。
それで、正坊まさぼうは、やはり、家うちの前まえに立たって、あちらの山やまをながめていました。青あおい空そらの下したに山やまの線せんが、すその方ほうへなだらかに流ながれている。夜よるになると、山やまの上うえには、さびしく星ほしが輝かがやいたのである。春はるから、夏なつにかけて、その山やまは紫むらさきに見みえました。そして、冬ふゆになると、山やまは真まっ白しろになりました。
「雪ゆきが、あのように積つもっては、どんな男おとこも山やまを越こしてくることはできぬだろう。……しかし、その勇士ゆうしは、また非凡ひぼんな術じゅつで、雪ゆきの上うえを渡わたってこないともかぎらない。」と、冬ふゆの晩方ばんがたなど、正坊まさぼうは、外そとに立たってながめていたこともありました。
おばあさんは、古ふるくから家うちにあるのだといって、あめ色いろのガラスびんを大事だいじにして、たなの上うえに飾かざっておかれました。雪ゆきの降ふるころ、南天なんてんの実みが赤あかくなると、おばあさんは切きってきて、そのびんにさして仏ほとけさまにあげました。また、春はるになると、つばきの枝えだなどを折おってきて、びんにさして、やはり仏壇ぶつだんの前まえに供そなえられたのです。
正坊まさぼうは、なんとなく、そのびんがほしくてなりませんでした。
「おばあさん、あのびんを僕ぼくにおくれよ。」とねだった。
おばあさんは、なかなか正坊まさぼうのいうことを聞きかれなかった。
「あのびんは、昔むかしから家うちにあるびんだから、おもちゃにして壊こわすといけない。」といわれた。
そう聞きくと、正坊まさぼうは、ますますそのびんが欲ほしくなりました。
昔むかし、酒さけかなにかはいって、渡わたってきたらしくもあれば、また、おじいさんが、船乗ふなのりをしていなさる時分じぶん、どこかで手てにいれたものらしくも思おもわれました。
ある日ひ、正坊まさぼうは、こっそりと、おばあさんに気きづかれぬように、たなの上うえからびんを取とり下おろして、外そとへ持もって出でました。そして、びんの口くちに目めを当あて、太陽たいようの方ほうに向むかって仰あおぎました。すると、一人ひとりの男おとこが、馬うまにまたがって、遠とおい地平線ちへいせんから駈かけてくるのが見みえます。正坊まさぼうは、あわてて目めを放はなして、向むこうを見みると、どこにもそんな影かげらしいものはなかった。正坊まさぼうは、このとき、そのびんを魔法まほうのびんだと知しったのでした。そして、このことをおばあさんに話はなすと、
「ばか、なにをいう。」といって、おばあさんは取とり上あげられませんでした。
正坊まさぼうは、亡なくなられたおじいさんが、待まっていられた使つかいというのは、このびんの中なかに見みえる馬うまに乗のった男おとこのことでないかと考かんがえました。もうろくされたおじいさんは、このびんの中なかに見みえる男おとこが、いつか、あの山やまを越こえてくるのだと思おもわれたのであろう、と考かんがえました。
しかし、不思議ふしぎなことは、二度どめに、正坊まさぼうがびんの口くちに目めをつけて、空そらを見みたときには、馬うまに乗のった男おとこの影かげが見みえずに、赤あかい花はなの咲さいた野原のはらに、はるかに、町まちの姿すがたが小ちいさくなって見みえたことです。
三度どめに、彼かれが、そのびんからのぞいて、かなたを見みたときには、前まえに見みたような景色けしきは見みえなくて、茫々ぼうぼうとした海原うなばらの中なかを、ただ一そうの船ふねがゆく影かげが見みえたのでした。そして、この三つの場面ばめんが、びんの口くちをのぞくたびに、そのときどきに入いれ変かわって見みえるだけであって、他たの景色けしきは見みえなかったのであります。ある日ひのこと、
「そう、そのびんを外そとへ持もって出でて、いつか壊こわすといけない。」と、おばあさんがいわれたのを、正坊まさぼうは、わざと聞きかぬふうをして外そとへ持もって出でました。
彼かれは、往来おうらいの上うえに立たって、それをのぞきながら、友ともだちがやってきたら友ともだちにものぞかせて自慢じまんをしてやろうと思おもっていました。
このときどこからか、一人ひとりの男おとこが、ほんとうに馬うまに乗のってやってきました。そして正坊まさぼうを見みると、ふいに、馬うまを止とめました。
「ちょっとそのびんをお見みせ。」といって、男おとこはびんを取とり上あげて、口くちに目めを当あててのぞきました。
「まことに珍めずらしいびんだ。私わたしは、このびんを探さがしていたのだ。坊ぼうは、私わたしといっしょにこないか?」と、馬うまに乗のっている男おとこはいいました。
正坊まさぼうは、かねて、おばあさんから、おじいさんの話はなしを聞きいていました。「おじいさんは、山やまを越こして、だれか、きっと迎むかえにくるといって待まっていられたそうだ。それは、けっして、もうろくなされたから、そんなことをおっしゃられたのでなかろう。その男おとこというのは、きっと、この人ひとにちがいない……。」と、正坊まさぼうは心こころの中なかで思おもいました。
「おじさんは、どこからこられたのですか?」と、正坊まさぼうは、たずねました。
「海うみからきた。」と、馬うまに乗のっている人ひとは答こたえた。
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