「指切り……」
うぇーん。涙が溢れ、その後言葉にならない。
「おいおい、泣かない約束の指切りをしてるのに」
父は困惑した表情を浮かべ、途中で小指を離した。
その夜以降、泣くたびに父は私の頭を撫で回しながら言った。
「忘れたのか。指切りして約束したじゃないか」
だが私には言い分があった。
だって、ちゃんと指切りげんまんしてないし、針千本飲ーます、とも言ってない。それに、指だって切ってない。だから、泣かない約束なんてしてないんだ。お母さんも側で見てたじゃないか。
もしもあの時、指切りを中途半端に終わらせずに泣かない約束をしていたら、嘘をついて針千本飲まされるのが嫌で、私は泣き虫を退治できていたのかもしれない。
ふと思う。できればもう一度指切りを。残念ながらその願いは叶わない。父はとうの昔に他界している。
告別式での自分の姿を思い出す。
悲しくて寂しくて、人目もはばからずおいおい泣いた。父が一方的に成立したと思っていたあの約束を公の場で破ってしまったのだ。額縁に収まった父の厳つい顔を見つめ、私は小指を立てたが、涙声になり、また中途半端な指切りに……。嗚咽しながら見上げた父の遺影が苦笑いしている。そんな気がした。
私は今年還暦を迎える。人前で涙を隠す術は身につけたものの、未だ泣き虫のままである。