もう何十年も前、僕が中学の入学試験を受けたとき、発表の朝、父がこんなことを言った。
「お前、今日落ちていたら、欲しがっていた写真機を買ってやろう」
ふと思いついたといった調子だったが、それでいて、何となくぎごちなかった。
変なことを言うなあ、と思った。お父さんは、僕が落ちたらいいと思ってるのだろうか、という気がした。
そのときの父の気持ちが、しみじみ分かったのは、それから何十年も経って、今度は自分の子が入学試験を受けるようになったときである。
親父も、あの前の晩は、なかなか寝付かれなかったんだ、とそのときはじめて気がついた不覚であった。おやじめ、味なことをやったなと思った。あまり好きでなかった親父が、急に懐かしくなった。
(略)
もし入学試験に落ちたら、一番つらいのは、もちろん親よりも本人である。
それを、親が失望のあまりついグサッと胸に突き刺さるようなことを言ったら、ということになる。
よし、親父に負けるものかと決心した。僕はすぐ感情を顔に出し、怒り声になる質である。落ちたと聞いた瞬間に言う言葉を、二、三日前から、密かに練習した。
「そうか残念だったな、しかし、こんなことぐらいでがっかりするんじゃないよ」繰り返しているうちに、自分が、まず落ち着いてきたのが妙だった。
1、「変なこと」とあるが、筆者はなぜそう感じたのか。
①落ちていたら、買ってくれるというから。
②家が貧しいのに、買ってくれるというから。
③まだ子どもなのに、買ってくれるというから。
④写真機は欲しくないのに、買ってくれるというから。
2、「急に懐かしくなった」とあるが、なぜか。
①父親が買ってくれた写真機を思い出したから。
②父親も自分と同じ気持ちだったことに気がついたから。
③入学試験を受けたときの自分の気持ちを思い出したから。
④入学試験に落ちたときの自分の気持ちを思い出したから。
3、「練習した」とあるが、なぜ練習したのか。
①息子が、試験に不合格になってしまうと困るから。
②自分の不安な気持ちを知られるのが恥ずかしいから。
③自分が感情をはっきり顔に出してしまうと困るから。
④不合格だとうと思っていることを知られると困るから。