「叔母としては、あなたが犯罪組織に関わってるってことをどう考えるべきか、難しい問題だわ」
眉子叔母さんたら、イライラしてんの。
なんなのよ。サリナの件はさ、どう考えたって俺のせいじゃないぜ。
「私は将来、アボガダになるわけだし。マフィアと接点を持っているというのは、日本は知らないけど、ヨーロッパでは指導的階層にとっては致命的スキャンダル。許されないことなのよ、少なくとも表向きには」
叔母はバッグの中をさぐる。取り出してきた箱から、タバコを出す。
「あなたに、ああいう恋人がいるっていうのは、また、それとは別の問題でもある」
「恋人じゃないな、サリナは」
俺は、きっぱりと、断言したね。
ふつう、恋人は、ナイフの先でペニスをつついたりしないと思う。恋人という言葉に関する俺の記憶が間違ってないなら。
「へーえ。あんなことしてて、恋人じゃないってわけ」
眉子叔母さんは、わざとらしくゆっくりと言った。たっぷりの皮肉がこもってる。
俺は、どこかでタバコを見たなって思い出してた。そのときは先端の火が、いまよりもくっきりとしていて、くるくると弧を描いていた。
そうだ、それは部屋が暗かったからだ。深夜の病室、侵入してきた店長って名乗ったやつが吸ってたんだ。
そいつがサリナの話題を出して、それで本人が現われたんだから、ま、店長が来たっていうのは、夢ではなかったって証明にはなるよな。
ふたりを結ぶのは、なんだか知らないけど、アレ。
でもさ、アホらしくなるぜ。だって、その夜は、俺はタバコっていう単語も思い出せなかったんだ。それに比べたら、いまは、だいぶ回復したって言える。
叔母さんは、タバコの煙を天井に向けて吐いた。
「まあ、いいわ。あなたの女性関係をチェックするのは、私の仕事ではないし。あ、これ? あなた気になる? スペインは、マフィアはともかく、タバコには比較的寛容な社会なの。あなたが嫌なら、よすけど」
それには軽く首を振ってから、俺は言った。
「わかったのは、ともかく、俺はアスリートだったらしいってことなんだ。サリナが言ってた」
眉子叔母さんは、一応、俺の話に集中しているみたい。目を細くして聞いている。
サリナはね、ナイフ持ったまま俺の胸とか腹とかさわって、やっぱりスポーツしてると立派なからだねって言ってたのよ。筋肉をひとつひとつ確かめるみたいにして、入院してても衰えないのって聞いた。
そんなこと思い出してたら、また、立ってきちゃいそうだけど。
「俺は、たぶん、陸上競技の選手だった。病院に来たコーチの話と合わせて、ふたつの話が重なれば、確率は高い」
眉子叔母さんは、首を振った。
「私は、それより思い出すべきだと思うわ。ジャスト・リメンバー。それに、その『確率』って、数学的というか、統計的にはなんの根拠もないわけでしょ。百人の人に、あなたの経歴をアンケートした結果ではない。たまたま、いままでに出会ったふたりがそう言ったというだけ」
さすがアボガダ志望だ。うんざりさせられる。
「それはそうだけど、そんな議論はどうでもいい」
立ち上がりながら、俺は言った。
「とにかく、コーチに会う。練習をしてみる。俺は、からだで確かめたいんだ。自分が何をしていたのか」
「わかったわ。じゃあ、私も付き添いましょう。とりあえず、今、私はあなたの保護者、より法律的には後見人なんだから」