それからは、宴会。
みんながバラバラに適当なことをしゃべっていた。
「だってえー、おばちゃんの言ってるのはー、正しいのよ。ユウカ、大きいアレって大好き。でも、小さくったってー、好きだもん」
監督とユウカは、まだ、MSUの話をしている。
「あ、そうでした。報告を忘れていましたです。桝本が教団、新しくつくっているようなのです。あの、桝本組の桝本です。名前は決まってて、『小さいチンポ教』」
店長が言った。
「シンボルマークは、なんとアレなんだそうですよ。高橋さんのロッカーにあったアレ。シリコンの小さなペニスが、教団のマークなのです」
いつか、道路に面したカフェだった。サリナがピンクのやつをぷるぷる震わせてる光景が、よみがえってきた。
「桝本、意外に頭がよいようです。『小さいチンポ教』は、巧妙な手口なのですよ。ペニスのピンク色が、MSUの郷愁を誘う。残党を結集してますです」
店長は、身を乗り出す。
「もうかりそうな予感、キラキラしてます。私、いまのうちから組織にくいこめば、事務長になれるかもしれません。高橋さん、あなた、手伝う気ありますですか?」
俺は、MSU(KSIだって)も桝本も、宗教はうんざりだ。
監督は、眉子叔母さんとサリナを口説いていた。女優になって脱がないかって。
叔母さんは、笑って聞き流す。
サリナは、
「それもいいかもねえ。私、転職考えているとこなの」
と言うので、監督は本気になってしまった。
「長女サリナと次女ユウカはレズで、長い間、秘密の世界を持っていた。ふたりの肉体の宴《うたげ》に三女眉子を引き込もうとする策略がすすむ。バレエに励む眉子のためのマッサージと称し、巧みにからだに触れるサリナ。化粧を教え、自分の大胆なランジェリーを眉子に無理に着けさせるユウカ。いつしか、眉子も……。おお、なんと豪華なレズビアン三姉妹」
監督は、ひとりで感動しているんだけど、だめだよ。俺、叔母さんの名前が出るたびに気になっちゃうじゃない。
「おい、高橋、おまえも出るよな」
声をかけられてしまった。
「やっぱ、男とのカラミもあったほうがいい。自慢の肉体をスクリーンで輝かせるんだ。見るすべてのひとびとが幸福になれる」
それは、ちょっと、お引取り願いたい。
「次女ユウカは、実はバイセクシュアルであった。そのボーイフレンドの高橋は、ユウカにそそのかされて、男嫌いのはずだったサリナと関係を持つ。急速に男に目覚めるサリナ。果てしない3Pの現場を目撃し驚愕《きようがく》した眉子の処女膜に、高橋の毒牙《どくが》が襲いかかる」
「渡辺監督、あなた、ストーリーの才能あります。私にも役をください。出演したいです、その映画。ただし、高橋さんに私の肛門《こうもん》のバージンは捧《ささ》げません」
店長が言うと、みんなが笑った。
よかったよ、それで。
ちょっと、これ以上監督のストーリーが続いたら、俺、聞いてられなかったね。
「すまない、だいぶ遅れてしまって」
低い、よく通る声が響いた。
「おっ、いよいよ自慢の肉体の、真打ち登場」
と、監督が言った。
テーブルから顔を上げると、ケンさんが立っていた。
俺と、目が合う。
「あっ、高橋、ごめん。このまえは」
一気に生ビールを飲み干したケンさんは、説明をしてくれた。そのつもりで準備してきたのかな。
ケンさんは、EDになったんだっていう。勃起《ぼつき》不全。本格的に立たなくなった。ついに、いくら集中しても、頭で立てようとしても、うまくいかない。
「俺の商売、チンポ立ててなんぼだから、しかたなく病院に行ったんだ。そしたら、ヒゲはやした、いかにもうさんくさい医者が出てきて」
そんなとこで、ドクターと。
「俺のEDは、最初は良くなりそうだったんだ。けど、しばらくすると元にもどっちまう。一進一退。で、新しい薬、日本で認可されてないやつを使ってみようかって、その医者が言いだした。まだ違法だけどひそかに輸入されてるって薬。その条件としてはね、KSIの仕事を手伝ってくれって」
そういうことだったのか。
藁《わら》にもすがる思いのケンさんは、ドクターに言われるまま、ひとりの男を拉致する。監禁して、マインドコントロールを試みる。
「驚いたぜ。現場に行くまで、つかまえる相手が高橋だって知らなかったんだ。申し訳なかった、あの時は」
俺は、気にしてない、あやまってもらう必要はないって言った。だって、もう、済んだことだ。
そう、すべてが終わったんだ。MSUも、KSIも、俺の過去も。
「おかしいよな。その医者の住んでるマンションだと思うんだけど、高橋閉じ込めて、ガンガン北島三郎かけた。俺がそいつの書いた台本、読んで。そのうち、これでも俺、役者だからさ、やってるうちに、だんだんのってきちゃった。あれは、ずっと医者と俺のふたりでやってたんだ。高橋、俺のこと気づいてた?」
俺は首を振った。
あとになってから、ケンさんの声だとわかった。でも、あの現場にドクターもいたとは。
顔を近づけ、小さい声で、ケンさんは言う。
「高橋、あの、マインドコントロールっていうやつは、効果あったのか?」
眉子叔母さんに聞こえてないか、目を走らせている。
「だいじょうぶ。なかった」
俺は、そう答えた。
あったのか、なかったのか、判断は不可能。この世界は、すべてがマインドコントロール。
それでも、ぼくには疑問が残っている。ドクターがケンさんを利用して、ぼくをMSUから遠ざけようとしたのは理解できる。そのときに、なぜ眉子叔母さんを襲わせようとしたのか。
そうさせることが、いちばんのKへの復讐になると考えたのだろうか。自分の息子が自分の娘を犯す、近親相姦。
だとしたら、それは、あまりにKSI的だ。自由なセックスを唱えるMSUのKにしてみたら、なんの痛手にもならないだろうに。
「そうか。よかった。やっぱり、そうだよな。おかしいよな。あの医者の言うことはインチキだったか。北島三郎、聴くだけで変わるはずがない」
ケンさんは、納得している。
「それで、その薬は、EDの特効薬は、効いたのですか?」
横から、店長。
ケンさんは、情けなさそうに、それもインチキ、と言った。
「俺は、医者にだまされたんじゃないかって、あとで考えるようになった。KSIに利用されただけで。そんな、日本で認可されてない薬なんて、最初から嘘だったんじゃないかな。病院行くの、いまはやめてる」
まあ、そんなところかもしれない。あのドクターのやることだ。
「ケンさん、立たないんなら、桝本の宗教やりませんか。『小さいチンポ教』です。ケンさんなら知名度もある。一枚看板ですよ。広告塔。ふたりで教団に行きましょう。桝本も大歓迎のはずです」
店長は、どこまで本気なんだろう。
「俺のは小さくはないけど、立たなければ一緒か。そうか。かつての名AV男優が、小さいチンポ教の広告塔か」
ケンさん、元気ない。
「ユウカはー、ケンさんならー、立たなくてもいいわよ。いいの、大きくても、小さくても、立たなくても」
そう言われて、ケンさんは、ユウカの隣に移動した。なんか、いい雰囲気で話してるの。なんなんだろうねえ、この集まりは。
俺、眉子叔母さんのこと誘って、そろそろ帰ろうかって思った。
そしたら、
「おっ、高橋じゃないか。高橋」
大きなひとが、テーブルの端に立っていた。