帰りの電車に揺られていた。
窓の外を流れる景色を、見ているような、見ていないような。だって、頭が疲れてるんだもの。
そう。俺の頭の中では、痛みをともなって点滅している疑問があった。
例の、店長の目撃情報だ。
もし、ナースがMSUのメンバーなら、そのナースとひそかに接触していたらしい眉子叔母さんは、何をしていたのか。そこで、ナースから叔母さんに手渡されたものとは。
そんなこと考えたところで、俺には、まったくわからない。
でね、俺、ようやく決意したの。
本、見てみようっと。
昼間の空いた電車の中で、俺は、そっと取り出した。なんだか、人に見られてはいけないものの気がするのよね。
表紙に大きくMSUのロゴ。Kの名刺にあったものと同じだ。
それは、そんなに厚くなくて、本ていうよりはパンフレットに近い? パラパラッとめくってみると、全部カラー。グラビアが多くて、科学雑誌に似てる。
まずは天体の写真。太陽系と銀河系の図。
そして、電子顕微鏡による原子の配列。
めくると、今度は人体の模式図が続く。細胞の仕組みとミトコンドリアの拡大図。DNAの二重らせん。
プレート・テクトニクス。地球と地震のメカニズムの説明が次にあった。
これって、どんな順番だ? 全部、別々のことじゃないのか?
以下、深海を行く潜水艦。月面の宇宙飛行士。(すげえ、下手くそな絵。小学生の学習雑誌かよ)
ピラミッドとスフィンクス。ナスカの地上絵にモアイ像。
曼陀羅《まんだら》。
見つめると視力がパワーアップされるコンピューター・グラフィック。
月の満ち欠け。
男性と女性の生殖器。
なんだか判然としないモザイク模様。
とても、ついてけないよな。
ひとつひとつが見開きの二ページになってて、写真や図版と関係があるようなないような、いろんなテーマが論じられてるみたいよ、読む気になれないけど。
目についた言葉を拾うと、
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宇宙の生成
UFOと私たち
「気」と呼吸法
宇宙を我々の体内に取り入れる
血液サラサラ
ウパニシャッドと現代
カスタネダとクリステヴァ
活性酸素と癌細胞
タイムマシンとフェルマーの定理
巨石文明
史上最強のアミノ酸
宇宙人・地球人・超人類
[#ここで字下げ終わり]
あまりに、とりとめがありません。
俺は、本をバッグにしまった。やっぱり、こんなものを読んでいるところを、ひとには見られたくなかった。
KにもらったMSUのパンフレットのせいで、ますます脳が疲れちゃったみたい。俺は、電車の振動に身をまかせて、ほとんど眠りかかっていたんだと思う。
かすんだ視野の中に、大きな人影が入ってきたのに気づいた。
そのシルエットは、俺の前で止まった。
「どうした高橋、何をぼーっとしてる。運動をしよう」
「はあ」
おい、なんで、こんなに都合よく登場できるんだ?