今までホームズは、こんなことをおくびにも出したことがなかった。今日 こんにち に至るまで
私は彼の才能に対して讃辞を惜しまなかったし、また、その探偵法を書いて公表してきた
のに、まったくそ知らぬ顔をきめ込んだその態度には腹を立てたこともあった。だがこう
してほめられてみると、正直のところひどく嬉しいのである。それに、自分もまた彼の讃
辞を聞くほどに彼の方法を体得したのかと、誇らしげな気持にもなるのだった。
一方、ホームズは私の手からステッキを取ってしばらく肉眼で調べていたが、やがて興
味がありそうな表情になって煙草を置くと、窓際へ持っていって、ふたたび凸 とつ レンズで
調べはじめた。
「面白い、まあ初歩的なものだがね」
長椅子のある、気に入りのいつもの場所へもどった。「このステッキには一、二注意す
べきものがあるね。それからいくつかの推論を進めてゆけるよ」
「えッ、何か見落しがあったかい?」私にはうぬぼれがあった。「だいじなところは見落
してないつもりだがね」
「ねえ、ワトスン君。生憎 あいにく だが、君の結論はほとんどが間違ってるんだよ。僕を刺激し
てくれるといったのは、何だな、つまりざっくばらんにいって、君の間違っているところ
を指摘してゆくうちに、だんだん真実に導かれてゆくことが多い、という意味だったんだ
よ。いや、今度のばあい、君がまったく間違ってるといってるんじゃない。この男はたし
かに田舎医者には違いないだろう、そしてよく歩きまわる……」
「じゃ、間違ってないじゃないか」
「そこまではね」
「しかし、それだけでいいじゃないか」
「いや、いや、ワトスン君、それだけじゃない。決してそうじゃないんだよ。じゃ言うけ
どね、たとえば、医者への贈り物というからには、Hは猟友会(Hunt)というより病院
(Hospital)と考えたほうが妥当だし、その前についてるC・Cという頭文字 かしらもじ は《チャ
リング・クロス》だと、僕の頭にはぴんとくるんだがね」
「そうかもしれんね」
「このほうが確実性が高いよ。これを基本的な仮定とすれば、この見知らぬ客を推定して
ゆく、もうひとつの基礎をつかんだことになる」
「なるほど、じゃこのC・C・Hをチャリング・クロス病院だとして、次にはどんな推定
がひき出せるんだい?」
「ぴんと来ないかねえ……僕のやり方を知ってるじゃないか。あれを応用するんだ」
「はっきりしてることといったら、この男が田舎に行く前にロンドンにいたということだ
けしか考えられないがね……」
「もうすこし突っ込んで考えてもいいと思うんだ。つまりこういう光の当て方だね……こ
のような贈り物がされるのはどんな場合にいちばん多いか。友人たちが一緒になって自分
たちの好意のしるしを示すのはどういうときなのか。こうなりゃ、明らかにモーティマー
博士が病院勤務をやめて開業するときということになるね。そして彼はロンドンの病院を
やめて、田舎で開業したと信じてもいいね。そのときの贈り物がこの品だと言ってもいい
んじゃないかい?」
「まあそのへんだと思うよ」