小さき者たちよ。これが、以来痛ましくもわが家に呪いをかけた地獄犬の由来である。
父がこうしてこの物語を書き記すのも、当家に祟 たた りあるゆえを言いて、その何たるかを
推測にのみゆだねんよりは、その由来を明確に知ることこそ、恐怖も減ずるであろうと信
ずる故である。たとい、当家の者が数多くその死に際して幸 さち をうけることなく、突如と
して血なまぐさい不可解な死をとげしこと、否むべくもないことながら、子らよ、神の広
大無辺の摂理にたよれば、聖書にもいましめられてあるごとく、神は三代、四代にもわ
たって無辜 むこ の民を罰することはあるまい。小さき者たちよ。神の摂理により、父は命
じ、また忠告としていう……悪魔の力が暗躍する夜に、暗い沼地をたどることを禁ずる、
と。
(これはヒューゴー・バスカーヴィルより、その子ロジャーおよびジョンに、ふたりの妹
エリザベスには一切知らすべからずという指図とともに伝えるものである)」
この奇怪な物語をよみ終えると、モーティマー医師は眼鏡を額の上にはね上げ、じっと
シャーロック・ホームズを見つめた。ホームズはあくびをして煙草の吸いさしを炉口に投
げこみ、
「それで?」ときいた。
「これが面白くないんですか」
「昔話の蒐集家 しゅうしゅうか でしたらねえ」
されば、とモーティマー医師はポケットから折り畳んだ新聞をとり出した。
「それじゃホームズさん、もう少し新しいところをご披露 ひろう させて頂きましょう。これは
本年六月十四日のデヴォンシャー日報です。その二、三日前に起こったサー・チャール
ズ・バスカーヴィルの死を伝えた短い記事がのっています」
ホームズの身体が少し前に動いて、その顔に緊張の色が浮かんだ。医師は眼鏡を直す
と、また読み始めた。
「次期選挙に中部デヴォンシャーより自由党候補としてその名を伝えられていたサー・
チャールズ・バスカーヴィルの急死は、同地一帯に暗影を投じた。そのバスカーヴィル邸
在住の期間は短かかったが、愛すべき人格と寛大さは、接するすべての人の愛情と尊敬を
一身に集めずにはおかなかった。このにわか成金の時代にあって、彼が悪運に見舞われた
地方旧家の後裔 こうえい として、独力で財をなし、傾いた家門の壮大さを再興させたことを知る
のは新たなよろこびであった。人も知るごとく・サー・チャールズは南アフリカの投機で
巨万の富をおさめ、さらに深みにはまりこんで失敗する人々の轍 てつ をふまず、その時期を
見きわめ、富をたずさえて帰英したのは賢明であった。バスカーヴィル邸に居を定めてか
らわずか二年、その死によって挫折 ざせつ のやむなきに至った再建と改善の計画が、いかに大
なるものであったかは常に人の口にするところであったのである。
彼は子女に恵まれなかったので、存命中にその地方全体に対して、その財産を投げうっ
て益するようあらしめたいと公言していたので、人々がそれぞれ彼の急死を悼 いた む気持を
抱いているのは故なきことではない。彼が惜しげもなく地方の慈善事業に投じた巨額の寄
付については、しばしば本欄の報じたところである。