さて、ことの起こりは、十五世紀のかの大反乱時代である(この史実については碩学 せきがく
ロード・クラランダンのものを最も推奨する)。このバスカーヴィル荘園はヒューゴー・
バスカーヴィルによって所領されていたが、彼がはなはだしく粗野で、涜神不敬 とくしんふけい の
人であったことは否 いな めないことであろう。隣人たちも、この土地が聖者の恩恵に恵まれ
ていないのを知っており、大方の行ないならばそれを見すごしたであろうが、ヒューゴー
には淫奔 いんぽん にして残忍な気質があり、西部地方一帯に彼の名は語り草となっていた。
たまたまそのヒューゴーはバスカーヴィル邸に近いある郷士 ごうし の娘を恋慕 れんぼ した(はた
して、このような暗愚な欲情を、かくも美しい名で呼んでいいものだろうか)。だがこの
乙女は思慮深く、評判も高く、この蛇のような名を怖れ、つとめてヒューゴーを避けたの
である。
やがて、あるミカエル祭(九月二十九日)の折り、ヒューゴーは乙女の父や兄弟の不在
を知るや、五、六人の無頼漢をひきつれて忍び込み、乙女を奪い去るにおよんだ。さて乙
女を屋敷に連れもどると、階上の一室に閉じこめ、階下で毎夜の例にもれず長夜の酒盛 さかも
りに耽 ふけ った。階下よりひびいてくる蛮声怒号 ばんせいどごう 、はたまた恐ろしい呪詛 じゅそ の言葉
に、哀れ乙女は気も狂わんばかりであった。さもあろう、酔い痴 し れたヒューゴー・バス
カーヴィルの発する言葉は、それを語り伝える人までも呪い倒さんばかりであったとい
う。ついに乙女の恐怖はその極に達し、豪胆 ごうたん で俊敏 しゅんびん な男とても二の足をふむ南側
の壁を、茂った蔦 つた づたいに(これは今も茂っているが)、軒から脱出し、沼地を渡っ
て、屋敷より三リーグ離れたわが家を指して走り帰ったのである。
それからまもなく、ヒューゴーは客人たちを残して、乙女のもとに食物や飲物……おそ
らくは、何か忌 い むべきものをもたずさえて……やって来たが、はや、篭 かご の鳥は逃げ去っ
たあと。彼は修羅 しゅら のごとくたけり立ち、階段を駈け降りて宴席に飛びこむや、大テーブ
ルの上に飛び上がり、乱れ飛ぶ酒瓶や盆のなかで、大声をはり上げ、あの小娘に追いつか
ねば、即刻身も心も悪魔にくれやらん、と一同にむかって叫んだ。酔漢 すいかん どもは、しばし
呆然 ぼうぜん としてこの狂ったさまを見ていたが、なかにひとり、誰より邪悪な男か、または酔
いしれた者かが、犬を放って小娘を追わせろ、と怒号した。ここにおいて、ヒューゴーは
屋敷を飛び出し、馬丁たちに、馬に鞍おけ、犬舎の戸を開け放て、と大声で命じ、犬の群
れに乙女のハンカチを嗅がせ、目ざすほうへとけし立てれば、犬の群れは後を追って月光
の下、吠え声を響かせながら遠く沼地のあなたへと走った。
さて、酔漢どもはしばし呆然と立ちすくみ、一瞬のうちに行なわれたことの次第を察す
るべくもなかったが、やがて酔いしれた頭に、沼地で行なわれんとする惨事の相に思い
至った。彼らは騒然なる叫び声のなかで、ある者はピストルを、ある者は馬を、またある
者は酒を呼びもとめた。そして、ともかく酔いしれた頭にいくばくかの正気が戻るや、一
同十三名、《くつわ》を並べて追跡にむかった。頭上に輝く月光を浴びて、彼らは乙女が
家をめざせば当然たどると覚しき道すじへと、矢のように馬を走らせた。
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