ほどなくサー・ヘンリーが自室にひきとってしまうと、彼の思いが奈辺 なへん にあったかを
知ることができた。寝室のローソクを手にしたホームズは、私を宴会用広間につれていく
と、壁にかけられ幾星霜 いくせいそう によごれた肖像に灯りをかざした。
「これで何か思いあたらないかい?」
私はきりりとしまったきびしい顔をみつめたが、それは羽根飾りのあるつば広の帽子
や、ちぢれた愛嬌毛 あいきょうげ や、白レースの襟 えり にふちどられていた。獣的な容貌とは言えな
いが、端然といかつくて、唇はうすく、目は冷たく偏狭 へんきょう そうだった。
「誰か知った人に似ていないかい」
「あごのあたりは、サー・ヘンリーに似てるね」
「たぶんそんなところもあるだろうね。だがちょっと待ちたまえ」
彼は椅子の上に立ち上がると、左手でローソクをかざし、右手をまげて帽子と長い捲毛 ま
きげ をおおった。
「おおっ!」
私は驚愕 きょうがく の叫びをあげた。カンバスの上には、ステイプルトンの顔が浮かび上がっ
ていた。
「ははあ、もうわかったね。僕の目は付属品を除いた顔だけを見るように訓練されている
んだ。変装していたって、そいつを見破ることは、犯罪調査の第一の要素なんだ」
「しかし、こいつは驚いたね。まるで彼の肖像じゃないか」
「そうだよ。先祖帰りという奴の面白い実例だね。こいつは肉体的にも精神的にも出てく
る。人間に再来説を信じこませるには、家族の肖像の研究で十分だね。ステイプルトンは
バスカーヴィル一族さ。これははっきりしている」
「相続の陰謀だね」
「たしかにそうだ。偶然この絵を見たことで、推理の環にもっとも欠けていたものの、お
ぎないがついた。奴をつかんだよ、ええ、ワトスン君。しっかりつかんじゃったよ。誓っ
てもいい。明日の晩までには、あいつもわれわれの綱の中でばたばたしてるさ。あいつの
集めてる蝶のように手も足も出ずにね。ピンとコルクでとめて、札をはって、ベイカー街
の蒐集品に仲間入りだ」
彼は絵の前から離れると、まずめったにない発作的な笑いを爆発させた。私は彼が笑う
のをあまり聞いたことはないのだが、笑えば必ず誰かにとって、大凶の前兆になるのだっ
た。
翌朝、私の目覚めは早かったが、ホームズはとうに起き出していた。私が衣服を着けて
いると、すでに馬車をとばして帰ってくるのが見えた。
「やあ、今日は一日、いそがしいぜ」
彼は行動を起こす喜びに、もみ手をしながら言った。「網は準備完了だ。あとはたぐる
ばかりになっている。今日じゅうには、でかい、とがりあごのカマスを捕えるか、そいつ
が網の目からのがれ去るかがわかるよ」
「もう沼地へ行って来たのかい?」
「セルデンが死んだ報告を、グリムペンから、プリンスタウンに送っておいたのさ。この
事件では、君らに厄介はまったくかからないと思う。それからあの忠実なカートライトに
も連絡して来た。あいつのことだから、僕が安全だと言って安心させてやらなければ、主
人の墓の前の忠犬みたいに、石室の入口で悲嘆にくれて日を送るだろうからね」