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クライマーズ・ハイ35

时间: 2018-10-19    进入日语论坛
核心提示:     35 衝立岩は、澄みきった空に向かって切っ先を伸ばしている。「お先に」 トップで登る燐太郎の体がふわりと宙に浮き
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      35
 
 衝立岩は、澄みきった空に向かって切っ先を伸ばしている。
「お先に」
 トップで登る燐太郎の体がふわりと宙に浮き、ハーネスにぶら下げたカラビナがカラカラッと音を立てた。オーバーハングが連続する名だたる逆層の大岩壁。雲稜第一ルートの1ピッチ目は二十五メートルほどの行程だ。難関である第一ハングへは直上せず、やや左寄りにルートをとり、岩の窪んだ部分をフリークライミングで攻める。
 悠木は基部のアンザイレンテラスで上を見上げていた。燐太郎に結ばれたザイルを慎重な手で送り出していく。地元山岳会の若きエース。その見事な登りっぷりに見惚れていた。小気味がいい。一定のリズムを刻んだ手足の動きには些《いささ》かの躊躇もストレスもない。重力など存在していないかのように、長身の体がぐんぐん高度を稼いでいく。
「悠木さーん──落ちたらしっかり止めて下さいね」
 ピッチの中程で、燐太郎が朗らかな声を降らせてきた。その拍子に悠木は両肩がスッと軽くなるのを感じた。燐太郎の心遣いに違いなかった。一人でテラスに残され、気負いと不安が体全体を強張らせていた。
「よし、任せとけ!」
 悠木は腹から声を出した。
 燐太郎の登攀速度は見た目以上に速かった。うっかりすると、悠木が送り出すザイルは適度な弛みを保てず、窮屈に張り詰めてしまうことが多かった。それでも燐太郎は軽快に登り、1ピッチ目の終わりである通称「二人用テラス」に到達した。ちょうど大人二人が立てるぐらいのスペースがあるのでそう呼ばれる。
 燐太郎は残置ハーケンを利用して素早く自己確保を施し、悠木を見下ろした。
「どうぞ──最初は体をほぐすつもりで」
「了解。気楽にいく」
 言葉とは裏腹に膝頭が震えた。武者震い。そう強弁して悠木は岩に取りついた。
 ひんやりとした静寂。
 早く起きすぎた朝、台所に足を踏み入れた時の感覚に似ていた。蛇口……冷蔵庫の把手……ガスコンロのつまみ……一夜放っておかれたそうしたものたちのよそよそしさが、岩にもあった。真上を見る。庇のように迫《せ》り出している第一ハングが視界を圧する。瞬時に脳から追い出す。まずは燐太郎のいる二人用テラスが目標だ。慌てず、急がず、リズムを心掛ける。その昔、安西耿一郎に教わったことだった。
 ふっと郷愁にさそわれた。
〈なあなあ、悠ちゃん、ドーンと思い切って衝立をやろうや〉
 弾む声は今も耳に残っている。こぼれんばかりの笑顔で安西は言っていた。
〈逃げたら罰金だかんね〉
〈そんじゃあ中年パワーで頑張ろうや。衝立なにするものぞ、ってね〉
 安西の笑顔が作り物であったはずがない。あの瞬間、安西は真実、心の底から笑っていたと思う。
 だが……。当時、北関の社員として安西が苦悩の底にいたこともまた確かだった。恩義ある販売局長に言いくるめられ、専務派の手足となって動いていた。夜な夜な社外重役を接待し、社長派の切り崩し工作に加担していた。挙げ句には社長の女性スキャンダルを掴むよう命じられ、元社長秘書が勤めるスナックに通い詰めていた。
 あの夜──悠木と衝立岩を登ると約束した前夜も、安西はそのスナックへ行っていた。そして店を出た後、深夜の歓楽街の道端で倒れ、「長い眠り」についた。
「ロンリー・ハート」。しばらく後になって、悠木はその店に足を運んだ。元社長秘書の黒田美波はハーフを思わせる面立ちの蠱惑的《こわくてき》な女だった。度重なる社長のセクハラに堪えかねて社を辞めた。その具体的な話を聞き出そうと安西が店に通っていたのは本当だった。いつも仏頂面で冗談一つ言わない男だったと美波は評した。安西が必死だったことが窺える。悠木があの夜のことを尋ねると、美波は隠すでもなくペラペラ喋った。オーナーが同じ姉妹店のホステスを掛け持ちしていて、ロンリー・ハートに顔を出したのは午前一時を回っていた。店に入るなり、カウンターにいた安西が立ち上がって「話がある」と詰め寄ってきた。「これが最後だ」。そうも言ったという。美波のほうは辟易していた。その晩は上客と諍いになり気分も悪かった。姉妹店に戻るとママに断り、ロンリー・ハートを出た。安西が追ってくるのに気づいて反射的に駆け出した。「待ってくれ」。背後から呼ぶ声があまりにも大きかったので怖くなり、本気で逃げて路地裏で撒いた。安西が道端で倒れたのは午前二時頃だった。直前まで走っているのを見た人間がいた。ならば安西は真夜中の歓楽街を一時間近くも美波を探し回っていたことになる。
 明日衝立岩に登る前に──安西はそう考えていたのだと思う。「これが最後だ」。セクハラの件はもう聞かない。嫌な思いをさせてすまなかった。美波にそう伝えたかったのではあるまいか。
 想像するばかりだった。病室の安西は何も答えてくれなかった。瞳も何一つ語ることはなかった。キラキラ輝く大きな瞳は、見つめるでもなく天井を見ていた。夏の陽射しをカーテン越しにとらえ、秋の夕焼けに染まり、その瞳は季節を映す鏡のように悠木には思えた。
「もう一頑張りですよ」
 頭上で燐太郎の声がした。
 凝縮された十七年の歳月が発した声に感じられた。
 安西の瞳に淡い冬の光が差し込み始めた頃、燐太郎は悠木の家に出入りするようになった。休みの日や夕飯時に悠木が連れ帰った。弓子は歓待した。由香もすぐに懐いた。いるだけで周囲を和ませる。燐太郎にはそんな不思議な魅力があった。同い年の淳は多分に困惑したようだったが、度々顔を合わすうちに打ち解け、やがて自分の部屋に燐太郎を入れるまでになった。悠木の期待は膨らんだ。燐太郎という新たな家族を得て、修復は不可能と諦めていた淳との関係に希望が持てるようになったのだ。
 明くる年の初夏、悠木は、淳と燐太郎を山歩きに誘った。それからどのくらいの回数、三人で山へ行ったろう。二人が高校に上がり、その後、淳が大学生、燐太郎が地元の工場勤めと道を違えても、年に一度か二度は三人で山行のプランを練ったものだった。
「そこはちょっと岩が脆《もろ》いです。右を選んで下さい」
「わかった」
 二人用テラスが近かった。
 悠木は少しばかり登攀速度を上げてみた。最初はぎこちなかった手足の動きが整い、岩が体に馴染んだ気がしたからだった。そうしてみると恐れが遠のき、榛名あたりのゲレンデを登っているような気分になる。安西に連れられて行き、そして淳と燐太郎を連れて飽きるほど登った思い出深い岩だ。
「お疲れさまでした」
 テラスでは燐太郎の笑顔が迎えてくれた。
「なんのこれしき」
「後半は大分、硬さがとれていたようですね。最初は体が岩にへばりついていましたよ」
「うん」
「体調はいかがですか」
 燐太郎が顔を覗き込む。悠木に不安を与えない程度の眉の寄せ方だ。
「大丈夫。いけそうな気がするよ」
 悠木はタオルで額を拭いながら言った。
 知らずに相当汗をかいていた。沢から吹き上げてくる風が心地いい。その風の方向に目をやる。足下の衝立スラブが朝日に照らされて白く輝いている。その先に一ノ倉沢本谷。つい先ほど歩いてきたばかりの沢筋が遥か遠方の風景になっていた。胸のすく思いだ。たかだか1ピッチ登っただけだというのに、ここはもはや下界ではない。
 燐太郎の目線に気づいた。どこかの山裾から立ちのぼる一筋の煙を見つめていた。それは途中まで真っ直ぐ天を目指し、上空の風の道に沿って棚引いていた。
 安西の葬式を思い出したのだろう。燐太郎の瞳には微かな愁いがあった。悠木にとっても、あれは生涯忘れることのできない葬式だった。斎場はむさ苦しい風体の山屋たちで溢れ返った。体を上下させて歩く男がいた。十七年前、県立図書館で会った末次だった。出棺の時、信じられないことが起こった。男たちが柩を肩に担ぎ上げたのだ。末次が声高らかに言った。もっとだ、もっと高くだ。安西にふさわしい高さに上げてやろう。男たちは腕を高々と突き上げた。柩が、遥か県境の峰々に溶け込んだかのようだった。
「ここ、お父さんと登りたかったろう」
 悠木がぽろりと漏らすと、燐太郎は白い歯を覗かせた。
「それは悠木さんでしょ? 淳君と登りたかったって顔に書いてありますよ」
 不覚にも、すぐに言葉が返せなかった。
 いつも燐太郎が一緒だった。親子二人で山へ行ったことはただの一度もなかった。来週は二人で行ってみるか。何度その台詞を口の中で言っただろう。だが、拒絶された時のことを思うと恐ろしくて言いだせなかった。もう少し様子を見てから。あと一回だけ、三人で山に行ってから……。
 そうしているうちに機を逸した。七年前、淳が東京の事務機器メーカーに就職してからは、燐太郎を含めた三人の山行も途絶えていた。今日は安西の慰霊登山だ。その特別な思いが淳のアパートに電話をさせたが、留守電の応答はとうとうなかった。結局のところ、わかり合えなかった。淳が経済的にも独立した今となっては、もはや関係修復の糸口さえ掴めない。祈るばかりだ。やがて淳が結婚し、父親となったその時に、自分の二の舞だけはしてくれるなと念ずるよりほかない。
「悠木さん」
「うん、行くか」
 悠木が顔を向けると、意外にも燐太郎の困ったような表情があった。
「どうした?」
「いえ……実は僕も悠木さんに話さなくちゃならないことがあるんです」
「何だい?」
「昔、淳君から聞かされた話です」
「淳から? 昔っていつ?」
 少々早口になっていた。
「高校に入った頃です」
 燐太郎は悠木を見つめて言った。
「初めて親父に山に行こうって誘われた時、なんか嬉しかった──淳君、そう言ってました」
 すぐには言葉が頭に入ってこなかった。
「嬉しかった……淳がそう言ったの?」
「すみませんでした、ずっと黙っていて」
「いいけど……」
 あの日だ。日航機墜落事故で毎日新聞にスクープを奪われた、あの朝……。
「怖かったんです」
 燐太郎は静かな声で続けた。
「その話をしちゃうと僕は山に連れていってもらえなくなる。そんな気がして……。家族ぐるみであんなに可愛がってもらったのに、僕はいつもビクビクしてました。悠木さんと淳君がずっと仲が悪ければいい。僕はきっとそう思っていたんですね」
 悠木は改めて自分のしてきたことの罪深さを思った。だが、もはや過ぎ去ったことへの償いの言葉は必要ないだろうとも思った。
 燐太郎が許してくれるからだ。そうしてくれると信じるに足る、広く大きな男に成長したからだ。
 安西も燐太郎と登りたかったに違いない。
 下りるために登るんさ──。
 あの言葉の本当の意味が今こそわかった気がした。
「なあ、だったらこうしないか」
 悠木は微笑んで言った。
「ここから君はお父さんと登る。俺は淳とだ。それなら恨みっこなしだろう」
 燐太郎は破顔した。いかにも愉快そうな笑い声が風に乗って山に広がった。
「面白いですよね。誰でもみんな、山に来ると不思議なほど正直になっちゃう」
「うん。なぜかな? やっぱり空気とか景色のせいかな」
「違いますよ」
 燐太郎は笑みを小さくして言った。
「ひょっとしたらこれがこの世で最後の会話になる。無意識にそう思っているからですよ。山って、そういう場所ですから」
 悠木は深く頷いた。
「すっかり吐き出した。思い残すこともなくなったことだし、行くか」
「あ、僕はまだあるんですけど」
「何?」
「上で話します」
 燐太郎は頬を染め、照れ臭そうに笑った。
 悠木は首を反らした。
「じゃあ、聞けるかどうかわからないじゃないか」
 黒々とした岩が頭上に横たわっている。第一ハング。三メートルほども迫り出した巨大な庇だ。2ピッチ目はこれを乗り越す──。
 悠木の顔から笑みが引いた。
「大丈夫です。必ず上で話ができます」
 燐太郎はいつになく力強く言って、垂壁の岩にスッと右手を伸ばした。
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