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クライマーズ・ハイ20

时间: 2018-10-19    进入日语论坛
核心提示:    20 午後六時。ようやく明日の朝刊一面の割り付けが決まった。 トップには日航機墜落事故の続報を当て、中曾根首相の靖
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 午後六時。ようやく明日の朝刊一面の割り付けが決まった。
 トップには日航機墜落事故の続報を当て、中曾根首相の靖国神社公式参拝は記事の扱いをやや縮小して左肩に寄せることになった。決定というより、それは決着に近かった。たった一枚の写真で「福中バランス」をとる。悠木が提案した奇策は粕谷を喜ばせ、追村と等々力も異論を唱えないという消極的な形で賛同した。
「今日も日航でアタマ張るかんね!」
 亀嶋が発した掛け声は、編集局の大部屋を少なからず沸かせた。大半の局員は日航機事故にのめり込んでいたし、裏の事情はどうあれ、郷土宰相絡みのビッグニュースをトップから外すという判断は、なにやら北関の意気地を見せたようで小気味よかった。
 悠木が自分のデスクに戻ると、依田千鶴子が夕飯の出前注文メモを手に待ち構えていた。
「悠木さん、何にします?」
「ん──じゃあ、楽々亭の冷し中華を頼む」
「冷し中華ですか……」
 千鶴子は注文メモに目を落とした。その目が「仲間」を探してウロウロしている。
「俺だけか」
「ええ。みんなクーラー病ですからね」
 注文の品がバラつけば、それだけ出前の届く時間が遅くなる。
「多いのは何?」
「えーと、今日の一番人気は五目チャーハンですね。お仲間が八人」
「それでいい」
 悠木は椅子に腰掛け、席を外していた間に溜まった原稿を手元に引き寄せた。局長室に入っていた時間は二十分足らずだったが、五百二十人の死者を出した世界最大の航空機事故は、いっときも休むことなく関連記事の量産を続けていた。
 悠木は赤ペンを握った。
≪残る遺体の捜索に全力≫≪上野村・全村民挙げて支援態勢≫≪NTT・遺族用に臨時電話三百四十台を開設≫≪取材記者二人が重体。疲労で脱水症状≫≪運輸省・航空四社に尾翼の一斉点検命令≫≪米調査団・今日御巣鷹山の現場へ≫
 瞼《まぶた》はまだ熱を帯びていた。
 新聞を大切そうに胸に抱き、幼い息子の手を引いて寝台自動車に乗り込む母親の姿を、悠木は当分の間忘れられそうになかった。罹災した夫の亡骸を故郷に連れて帰る途中、「地元紙」を買い求めに北関本社に立ち寄った。その土地で起こった事故なのだから、その土地にある新聞に一番詳しく載っている。母親は当たり前のこととしてそう考えていた。
 当たり前のこと……。
 彼女に教えられた。詳報。まさしくそれこそが地元紙の存在理由なのだ。
 ポンと肩を叩かれ、悠木は振り向いた。亀嶋の、弾むように歩く後ろ姿が離れていくところだった。
 悠木は鼻で笑い、ふと思って壁の時計に目をやった。
 午後六時半──。
 幾分和らいでいた気持ちが、再び引き締まっていくのがわかった。連載企画『墜落の山・御巣鷹』の原稿がまだ届いていない。五時までに出すよう川島に命じてあった。何度かポケベルを呼んだがナシのつぶてだ。書かない気か? ならば川島は編集局内に籍を失う。
 悠木は原稿に目を戻した。
≪群馬県警・アシスタントパーサーから事情聴取≫≪農大二高ナイン・父奪われた級友に二回戦突破を誓う≫≪午後三時半、降雨でヘリによる遺体収容作業中断≫≪第三管区海上保安本部・相模湾で回収の尾翼部品を群馬県警へ搬送≫
 一通り原稿に目を通すと、悠木は右隣の机に顔を向けた。
「岸──」
「ん?」
 岸が耳だけ寄せた。目と赤ペンは原稿から離れない。青木が書いた公式参拝の解説記事は既に真っ赤になっていた。
 悠木は引きつけるように強く言った。
「国際面に空きはあるか」
「なんで?」
 今度は顔が向いた。
 悠木は数本の原稿を突き出した。
「アメリカの調査団とボーイング社の関連記事だ。載せてくれ」
「それはフロント用だろう?」
「一面は遺族関係を目一杯突っ込みたいんだ。空いているんなら寄越せ」
「ちょい待ち……」
 岸は手元の出稿表に目を落とした。本来の担当である一面は日航全権デスクの悠木がみているので、事故発生以来、岸は国際面と国内政治面を受け持っている。
「まあ、短いの二、三本なら入るな」
「頼む。それと、こっちは運輸省関係だ。内政面に入れてくれ」
「はあ?」
 岸は呆れ顔になった。
「なんだって散らすんだ? 一面か社会面にまとめりゃいいだろうが」
「面を増やさないと収容しきれん。毎日、三分の一は捨ててるんだ」
 原稿を仕分けしながら悠木は言った。
 岸は苦笑いを浮かべた。
「悠木、そりゃあ全部は無理だ。店が開けるほど原稿が来てるんだからな。一升枡には一升しか入らないって言うだろ」
「全部入れようなんて考えてない。できるだけ、だ」
「けど、他の面の都合だってあるんだぜ」
 岸が不満げに言うので、悠木は尖った目を向けた。
「少しは腹を括ろうぜ、って言ってるんだ俺は」
「何だよそれ?」
「朝日や読売のほうが面を割いて派手にやってるじゃねえか。ウチが半端な作りやってていいのかよ」
「そうかあ? ウチも結構いい戦いしてるんじゃないのか」
 本当のところはわからなかった。各社の報道合戦は熾烈《しれつ》を極めていたが、どこの社が情報量でリードしているとか、内容が充実しているとか、誰にも把握できていなかった。事故が大きすぎたということだ。墜落から丸三日、御巣鷹山との格闘や津波のごとく押し寄せてくる膨大な情報の処理に追われ、実際問題、他社の紙面を点検したり、玉石混淆《ぎよくせきこんこう》の情報をいちいち吟味している余裕などなかった。だが──。
 少なくとも、北関が「勝っていない」ことは確かだった。
 全国紙が地方の支局に常駐させている記者の数は知れている。「局地戦」であれば、地元紙は地の利を生かした人海戦術によって全国紙を圧倒できる。しかし、今回の日航機事故報道で、地元紙である北関の優位性が保たれているかとなると甚だ疑問だった。北関と共同通信を合わせれば、事故取材に当たっている記者は相当数に上るが、過去に例を見ない巨大航空機事故は、「局地戦」ではなく「全面戦争」を引き起こした。すべての全国紙が総力を挙げ、東京や近県からありったけの記者を群馬に送り込んできていた。人だけではない。ヘリコプター。通信機材。現場記者の衣食住をサポートする後方支援態勢。それはまさしく「戦争」の構えであり、このまま長期戦になれば、資力も人的余裕もない北関がじり貧になるのは自明だった。
「むざむざ負けちまうわけにはいかないだろうが」
 岸の胸に原稿の束を押しつけ、悠木は席を立った。
「山田──」
「はい?」
 末席の地方部デスクで首が伸びた。
「地域版にこいつをぶち込んでくれ」
 悠木が言うと、慌てて山田が寄ってきた。
「何ですって?」
「上野村のネタだ。北西部版に頼む」
 悠木が指さした原稿の仮見出しを見て、山田はさらに慌てた。
「だって悠木さん、これ、日航絡みの記事じゃないですか」
「構わないだろう。村役場や消防団が活躍してるって話なんだからな」
 山田は寝癖の残る頭をボリボリ掻いた。地域版は県内を五つのエリアに区分けし、もっぱら近隣の催し物や「珍しい花が咲いた」といった類のミニニュースを収録している。
「勘弁して下さいよ。もう今日組みの北西部版は出来上がっちゃってるんですよ」
「降版したのか」
「いえ、まだ降ろしてはいませんが」
「だったら、すまんが差し替えてくれ」
「おい、悠木」
 岸が横から口を挟んだ。
「そこまでやるんだったら上を通せ」
「ああ、明日話す」
 煩《うるさ》そうに言って、悠木はまた壁の時計に目を向けた。受話器を取り上げ、川島のポケベルの番号をプッシュする。
「応答があったら呼んでくれ」
 岸に頼んで悠木は席を離れた。整理部のシマへ行き、一面担当の吉井に数本の原稿を渡した。
「やりましたね、悠木さん。やっぱりこうでなくっちゃね」
 日航がトップになって吉井は上機嫌だった。指定用紙には大まかなレイアウトの線が引かれ、その上に見出し候補を書きなぐったザラ紙が散らばっている。≪難航する遺体確認作業≫≪無言の帰宅悲し≫≪「墜落の航跡」解明へ≫≪不眠不休の収容作業≫≪御巣鷹山に無情の雨≫──。
「主見出しは決まったのか」
 悠木が聞くと、吉井は「シャク」と呼ばれる新聞制作用の特殊な物差しで自分の額をピシャリと叩いた。
「あと十五分下さい。これだ、ってやつを捻り出しますから」
「急がなくていい」
 言った後、悠木は吉井の耳に顔を寄せた。声を殺す。
「ことによると、遅くに抜きネタが飛び込むかもしれん」
「モノは?」
 吉井の声はさらに小さかった。
 悠木の頭には玉置の顔と「隔壁」の二文字があった。
「事故原因絡みだ」
 吉井の顔色が変わった。
「じゃあ、全面差し替えになりますね」
「万一、飛び込んでくればな。おそらくないが、一応頭に入れといてくれ」
「了解」
「誰にも言うな」
「わかってます」
 自分のデスクに戻り掛けた悠木は、途中で足を止めた。読者投稿欄『こころ』を担当する稲岡《いなおか》と目が合ったからだった。文化部記者が長かった男で、来年の誕生日に定年を迎える。
 稲岡のほうから声を掛けてきた。
「よう、悠木君、大変だね」
「いえ」
「こっちにもどっさり来てるよ、事故のことについて」
 その言葉は悠木を稲岡のデスクの前まで引き寄せた。読者の投稿も「詳報」の一つと考えていい。
「どんなのが多いです?」
「色々さあ」
 稲岡は葉書や封書をぺらぺら捲った。
「まずは四人生存で感動したってやつだな。それと、空の安全を守れって偉そうなのから、警察や消防に対する激励。一番多いのはやっぱり遺族への同情だね。ま、ほとんどが常連組からのものだけど」
 投稿欄の常連が綴る遺族への同情。想像しただけで悠木は憂鬱な気分になった。常連が悪いと言っているのではない。彼らこそが新聞の最たる理解者であり、頼もしい支援者でもある。しかし、その一部に質《たち》の悪い輩《やから》が混じっていることもまた確かなのだ。
 彼らは何かに憤ったり感じ入ったからペンを執るのではない。常にペンを握り締め、鵜の目鷹の目で「書く材料」を探している。借り物の意見と文章を駆使して、すべての事象を「愛」と「正義」で括ってみせる。日航機事故は恰好の材料に違いない。五百二十人の死。その何倍もの数の遺族の悲しみ。彼らはここぞとばかり存分に善意のペンを揮《ふる》ったのだろう。
 いや……。自分もあの母親の涙を目にして「詳報」を決意したのだった。「いい人」になりたがっているのは悠木とて同じかもしれなかった。
「稲岡さん」
 悠木は机に両手をついた。
「常連以外の投稿で日航特集を組めませんか」
「常連なし? うん、そりゃあまあ、本数は何とか足りてるけど」
「この事故で初めて投稿したっていう読者はいますか」
「いるいる。主婦や高校生。女子中学生からも来てたな」
「それで組んで下さい」
「えーと、常連は一本もなし……?」
 稲岡は困ったような笑みを悠木に向けた。
「いやね、後でうるさいんだよ。特集までやっておきながら、なぜ俺のを載っけなかったのかってさあ」
 よく耳にする話だった。
 仲間うちで投稿が採用された回数を競っているのだ。採用時に贈られる、北関のロゴの入ったボールペンの数で「位」が決まる。そのボールペンの束を勲章気分で胸ポケットにぎっしり詰め込み、常連の懇親会で自慢話に花を咲かせる──。
「無視すればいいでしょう」
 普通に言ったつもりだったが、稲岡は一瞬、怯えたような表情を覗かせた。悠木の態度に社会部特有の高慢さを嗅ぎ取ったのかもしれなかった。その昔、文化部を拡充しようと運動した稲岡は、社会部の連中に散々やり込められたと聞く。文化部記者がブン屋ヅラするんじゃねえ。たまには現場で死体でも拝んできやがれ──。
「わかったわかった。ニューフェイス中心で作ってみるよ」
 言いながら稲岡は顔を整えた。
「今日はもう降版しちゃったから、明日にでも派手にやるかな」
「そうして下さい。お願いします」
 悠木はことさら丁重に頭を下げた。
 机の上の封書が目に入った。ピンク色のこぢんまりとした封筒だった。丸っこく、初々しい少女の字で『こころ様』と宛て先が書かれていた。
 何を思い、何を書いたのか。
 それは、北関へのラブレターにも思えて、デスク席に戻る悠木の背中に小さな追い風を吹かせた。
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