夕日を待ちながらガイドに話を聞く。宗教の話、登山家今井信子さんが持ち込んだりんごの木の話。今井さんが持ち込んだりんごの木は順調に増えて、みばは悪いが、おいしい実をつけるという。昔はみばも悪くて味も悪かったのだといたずらっぽく笑った。それから経済の話、映画の話。"Seven Yearsin Tibet"を知ってるか、日本に帰ったら是非見ろ、きっと懐かしく思うだろう、とさかんに勧める。
山頂にはやがて夕闇がせまってきた。
気が付くと観光客の姿はまばらになり、風が耳を切るように冷たくなっている。寒い…。ホテルのクローゼットに残して来たおびただしい防寒具が目に浮かんでくる。こういう時に使わないで、一体いつ使おうというのだろうか。ばかばか。
西の方角は厚い雲に覆われて、夕日を拝むことができない。あたりも薄暗くなって来たので、引き上げることにした。コンディションがよければ、ピンク色に輝く山肌が見られたのに…とガイドがしきりに言う。
なんのなんの。山の景色もさることながら、高度2千メートル超の展望台で、ガイドの彼からいろいろ話をきけたことの方が、収穫だったかも知れない。
冷えてきたこともあって、帰りにしなに「おごるからそこのホテルでお茶でも飲まないか」と誘うと「あんたたちが飲みたいならつき合おう」といって付いて来た。
が、あいにく赤十字の人々の予約で一杯である。残念。でもガイドの彼は早く帰れるのでほっとしたようでもある。まあ、大体こんな山の上で高いお茶を飲むのも愚の骨頂かもしれない。
車は来た道を一路カトマンズに向けて走り始めた。とっぷりと日が暮れる。時にバスと行き違う。どのバスも屋根の上まで満載である。あのバスは一体、日に何本出ているのだろう。人々は朝バスにのって街へ行き、また夕方になるとバスにのって帰ってくるのだろうか。私の住んでいるあたりも「自家用車がないと生活していけない」と言われている所だが、どっこい彼らはまさにそんな所で生活している。するとあのようなことになるのだな。
月が明るい。
冴えざえとした青い月に見守られながら、外灯一つない道をヘッドライトを頼りに車は進む。車はずいぶん降りて来たらしい。商店が立ち並ぶ道にやってきた。よく見ると見たことのある街並である。バクタプルのようだ。夕方で商店街は混雑を極めている。車も思うように進めない。車に紛れて牛も歩いている。鶏もいる。犬も歩けば羊も歩く。牧羊らしく羊飼いにつれられてのんびりと移動中である。
牛や羊に混じって車もガタガタと行く。車に揺られながら生きることのたくましさを感じていた。