秋の色が濃くなるにつれて、街を行く人々の胸に赤いポピーの造花がつけられているのを目にするようになった。ポピーをつけた人
々は日ごとに増えていく。テレビに映し出されるニュースキャスターや政治家達も皆、このポピーを胸につけている。
町角には「POPPY APPEAL」と書かれたポスターが貼られ、ショッピングモールなど人が集まるところに募金所が設けられている。
初めは赤い羽の共同募金のようなものかと思っていたが、これが戦死者を悼むためのものであると気づいたのは、たまたま立ち寄っ
た教会で、戦死者の記念碑にポピーの造花で作った花輪が置かれているのを見たときである。
その記念碑には「祖国のために命を捧げた人々」の名前が刻まれ、さらにこう書かれてあった。
あなたたちの今日は私たちの明日を捧げたものです
あなたが今日このことを知ったのなら
家に帰ってあなたの家族に私たちのことを伝えてください
私たちを忘れないで
そして11月11日が「Rememberance Day」である。
11月11日11時をもって第一次世界大戦が終結したことから、第二次大戦を含めてこの日を終戦の記念日としている。そしてポ
ピーの花は荒れ果てた戦地の跡にポピーの花が咲いていたことからシンボルとして用いられているのだという。これはアメリカでも
同じらしい。
イギリスは過去に何度も戦争しているが、現在特に言及しているのは二つの大戦と、そしてフォークランド紛争である。以前は11
月11日に式典があって、11時になるとすべてを止めて黙祷を捧げるそうだが、現在では11月11日の前後にある日曜日のうち
、11日に近いほうに式典が行われる。
この頃になると街を行く人の半分以上がポピーをつけている。年配の人だけでなく若い人もである。Conversation Exchangeのパー
トナーのポーラさんも先週会ったときにポピーを胸につけて現れた。
当日式典の模様が「Rememberance Sunday」としてBBCで中継されたのを見た。
式典が行われるのはロンドンにある記念塔の前で、軍楽隊の演奏のもと、女王陛下をはじめとして王室、内閣のメンバー、英連邦(
theCommonwealth of Nations)各国の代表、陸、海、空軍、退役軍人などの団体などの代表がポピーの造花でできた花輪を捧げる。
11時をもって黙祷が行われ、司教による教示がある。
王室の男性メンバーは軍服を着ている。花輪を捧げたあと敬礼している。ダークスーツに黒っぽいコートを着用した大臣などの文官
は目礼である。王室と英国国教と軍隊、そして英連邦(the Commonwealth of Nations)の組み合わせはかつての大英帝国の威信を
彷彿とさせる。
式典は行進に移り、そぼ降る雨の中延々と行進を行う。車椅子の人も多い。退役軍人の団体はそれぞれ勲章を胸につけ、軍の帽子を
被り、号令のもと隊伍を組んでいる。婦人団体の参加もある。記念碑の前には参列者が持参したポピーの花輪が次々と並べられてい
く様子が映し出され、時折関係者の証言が画面に織り込まれる。
番組の冒頭に戦死者の言葉としてナレーションが流れ、「Remember me, Remember me」と締めくくられた。この日は終戦を記念する
というよりは、戦死者を思い、彼らを忘れない日なのだ。
中継では王室の関係者が誰が戦死したかも説明されるが、ここでは戦争の是非や戦争責任などは問われていないようだ。彼らのおか
げで祖国が守られた、彼らのおかげで平和がある、という位置づけである。やはり今もって軍隊を持ち、時に戦争をし、女王陛下自
ら軍服に身を包んで閲兵をするお国柄である。ことさら戦死者を英雄視するわけではないが、軍隊がある以上は戦争をする可能性は
あり、戦争がある以上戦死者が出ることは免れない、ということのようだ。
ここで暮らしていて、ふと日本が敵国と呼んだ国に身を置いている自分を考えることがある。
「病院のピアノ弾き」のときに会うお年寄りの人たち。彼らはいずれも働き盛りの頃大戦を迎えているはずだ。従軍していた人もい
るかもしれないし、夫が出征していた人もいるかもしれない。過去を忘れきれない人もいるはずだ。彼らの笑顔を前に時々そんなこ
とを考える。