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一枚邮票-下(4)

时间: 2021-09-10    进入日语论坛
核心提示: それはさて置き次に第二の疑問である、足跡が博士邸に帰って居なかったという点はどうか。これは単純に考えれば、轢死者が穿い
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 それはさて置き次に第二の疑問である、足跡が博士邸に帰って居なかったという点はどうか。これは単純に考えれば、轢死者が穿いて行った靴跡だから、立帰らないのが寧ろ当然の様に思われるかも知れない。が、私は少し深く考えて見る必要があると思う。かくの如き犯罪的天才の所有者なる博士夫人が、何故に線路から博士邸まで、足跡を返すことを忘れたのであろう。そして、若しPL商会の切符が、偶然にも列車の窓から落されなかった場合には、唯一の手懸りであったであろう所の、(まず)い痕跡を残したのであろう。
 この疑問に対して、解決の鍵を与えて呉れたものは、第三の疑点として上げた、犬の足跡であった。私は、彼の犬の足跡と、この博士夫人の唯一の手ぬかりとを結び合せて、微笑を禁じ得なかったのである。恐らく、夫人は博士の靴を穿いた儘、線路まで往復する予定であったに相違ない。そして改めて他の足跡のつかぬ様な道を選んで、線路に行く積りであったに相違ない。が、滑稽なことには(ここ)に一つの邪魔が入った。というのは、夫人の愛犬である所のジョンが――このジョンという名前は、私が本日同家の召使××氏から聞き得た所である。――夫人の異様なる行動を、眼ざとくも見付けてその側に来て盛んに吠え立てたのである。夫人は犬の鳴声に家人が眼を醒して、自分を発見することを虞れた。グズグズしている訳には行かぬ。仮令家人が眼を醒さずとも、ジョンの鳴声に近所の犬共がおし寄せては大変だ。そこで、夫人は、この難境を逆に利用して、ジョンを去らせると同時に自分の計画をも遂行する様な、うまい方法を、とっさに考えついたのである。
 私が本日探索した所によると、ジョンという犬は、日頃から一寸した物を(くわ)えて用達(ようたし)をする様に教え込まれて居った。多くは主人と同行の途中などから、(やしき)まで何かを届けさせるという様なことに慣されていた。そして、そういう場合には、ジョンは持帰った品物を、必ず奥座敷へ置く習慣であった。も一つ博士邸の訪問によって発見したことは、裏口から奥座敷の縁側に達する為には、内庭(なかにわ)をとり囲んでいる所の板塀の木戸を通る外に通路はないのであって、その木戸というのが、洋室のドアなどにある様なバネ仕掛けで、内側へ丈け開く様に作られてあったことである。
 博士夫人はこの二つの点を巧みに利用したのである。犬というものを知っている人は、こういう場合に、唯だ口で追った計りでは立去るものでないが、何か用達しをいいつける――例えば、木切れを遠くへ投げて、拾って来させるという様な――時は、必ずそれに従うものだということを(いな)まないであろう。この動物心理を利用して、夫人は、靴をジョンに与えて、其場を去らしめたのである。そして、その靴が、少くとも、奥座敷の縁側のそばに置かれることと――当時多分縁側の雨戸が閉ざされていたので、ジョンもいつもの習慣通りには行かなかったのであろう――内側からは押しても開かぬ所の木戸にささえられて、再び犬がその場へ来ないことを願ったのである。
 以上は、靴跡の立帰っていなかったことと、犬の足跡其他の事情と、博士夫人の犯罪的天才とを思い合せて、私が想像を(めぐ)らしたのに過ぎないが。これについては、余りに穿(うが)ち過ぎたという非難があるかも知れないことを虞れる。寧ろ、足跡の帰って居なかったのは、実際夫人の手ぬかりであって、犬の足跡は、最初から、夫人が靴の始末について計画したことを語るものだと考えるのが、或は当っているかも知れない。然し、それがどちらであっても、私の主張しようとする「夫人の犯罪」ということに動きはないのである。
 さて、ここに一つの疑問がある。それは、一匹の犬が、一足の即ち二個の靴をどうして一度に運び得たかという点である。これに答えるものは、先に上げた二つの証拠物件の内、まだ説明を下さなかった「証拠品として其筋に保管されている所の博士の靴の紐」である。私は同じ召使××氏の記憶から、その靴が押収された時、劇場の下足番がする様に、靴と靴とが靴紐で結び付けてあったということを、大分苦心して、さぐり出したのである。刑事黒田氏は、この点に注意を払われたかどうか。目的物を発見した嬉しまぎれに、或は閑却(かんきゃく)されたのではなかろうか。よし閑却はされなかったとしても、犯人が何かの理由で、この紐を結び合せて、縁側の下へ隠して置いたという程度の推測を以て安心せられたのではあるまいか。そうでなかったら、黒田氏のあの結論は出て来なかった筈である。
 かくして、恐るべき(のろい)の女は、用意の毒薬を服し、線路に(よこた)わって、名誉の絶頂から擯斥(ひんせき)の谷底に追い落され、獄裡(ごくり)呻吟(しんぎん)するであろう所の夫の幻想に、物凄い微笑を浮べながら、急行列車の轍にかかるのを待ったのである。薬剤の容器に(つい)ては、私は知る所がない。が、物好きな読者が、彼の線路の附近を丹念に探し廻ったならば、恐らくは水田(みずた)の泥の中から、何ものかを発見するであろう。

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