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夕刊の写真に二人並んだ品川四郎のこと_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:夕刊の写真に二人並んだ品川四郎のこと青木愛之助は此頃悪夢に悩み続けていた。友達の科学雑誌社長の品川四郎が離魂病りこんびょ
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夕刊の写真に二人並んだ品川四郎のこと


青木愛之助は此頃悪夢に悩み続けていた。友達の科学雑誌社長の品川四郎が 離魂病 りこんびょう みたいに二重にぼやけて、あっちにもこっちにも存在する。しかも顔から姿から声までも、一分一厘違わない二人の奴が、同じ部屋で対面さえしたのだ。彼は品川四郎と一緒になって、そのもう一人の品川四郎を追駈け廻すけれど、相手は、どこか化物じみた風で、巧みに身をかわし、姿をくらましてしまう。青木も品川も、数ヶ月というもの、このいまいましい奴の探索にかかり果てている始末だ。
だが、これまでは別に害をする訳ではなく、ひどく不気味は不気味ながら、直接恐怖を感じる程のことはなかったのだが、最近に至って、ギョッとする様な途方もないことが起った。というのは、ある晩青木愛之助が、名古屋の鶴舞公園で、そのもう一人の品川が、どこかの奥さんとひそひそ話をしている所へぶつかった。しかも、相手の奥さんというのが、顔かたちはハッキリ見えなかったけれど、声の調子が、どうやら聞き覚えがあった。「若しや」と思うと、青木はもう 真蒼 まっさお になって、その実否を確める為に、我家へ走り出さずにいられなかった。
だが、彼の美しい細君は、別に変った様子もなく、にこやかに彼を迎えた。玄関を這入って、外套などをかけてある小さなホールで、ドキドキして立止っていると、一方のドアが開いて、サッと明るい電燈が漏れて、そこから 芳江 よしえ の小さい恰好のいい頭が覗いた。
「アラ、どうかなすって」
寧ろ彼女の方で、彼の変に蒼ざめた様子を疑った程である。
青木は黙って部屋に這入るとソファに埋まった。
彼は月々の東京行きに、三度に一度位の割合で細君を同伴しているので、細君と品川とは冗談を云い合う程の間柄になっている。品川の方で名古屋の彼の住居を訪ねたことも二三度はある。だから、もう一人の品川四郎がそれを利用して、つまり旧知の品川四郎として、芳江に近づき、彼女をある深みに おとしい れたというのは、想像されないことではない。
細君のことだから、彼にしてはもう不感状態になっているけれど、一般的に、彼女は充分美人であった。あのえたいの知れぬ幽霊男が、彼と寸分違わぬ品川四郎の存在を気づき、それを利用して何か悪事を企らむとすれば、さしずめ青木の細君などは、最も魅力ある獲物に相違なかった。
芳江の側から考えても、それは全くあり得ない事柄ではなかった。青木は彼の猟奇癖の為に、又 しょう の為に、殆ど細君の存在を無視して暮して来た。月の内十日程も東京へ行っていたり、名古屋にいる時でも、多くは そと で夜更かしをして、細君とむつみ語る機会は非常に まれ であった。芳江が愛に餓えていたのは誠に当然のことである。それに彼女は決して、昔の女大学風な固くるしい女性ではなかった。つまり彼女の方にも、充分隙があったのだ。悪魔はちょっと手を下しさえすればよかったのだ。
愛之助はソファに埋まったまま、なるべく芳江の方を見ぬ様にして、もう一度そんなことを考えて見た。だが、彼女は、どうしてこうも平気でいられるのかしら。
「あなた、なぜそんなに黙り込んでいらっしゃるの。怒っているの」
彼女は 至極 しごく 無邪気である。
「そうじゃないんだが。女中達もう寝てしまった?」
「エエ、つい今し方」
「君、今夜どっかへ出掛けたの」
「イイエ、どっこも」
彼女はそう答えて、テーブルの上にふせてあった、赤い表紙の小説本に目をやった。実に自然である。愛之助は自分の細君が、こんなお芝居の出来る女だとは信じ得なかった。
「俺はどうかしているんだ。飛んでもない妄想にとらわれているのだ。さっきの男だって、本当に品川四郎の顔だったかどうか」思い出そうとすると、段々曖昧になって来る。
「今公園で、品川四郎君に逢った」
彼はそう云って、芳江の態度に注意した。
「品川四郎さん? 東京の?」
彼女は本当に驚いている。
「どうして、うちへいらっしゃらなかったのでしょう」
無論彼女はまだ、奇怪なる第二の品川四郎については何事も知らないのだ。
暫く話し合うと、愛之助はすっかり安心してしまった。こんな無邪気な女に何が出来るものかと、軽蔑してやりたい位だった。
一週間ばかり事もなく過ぎ去った。その間に芳江に対する疑惑を新たにする様な出来事は何も起らなんだ。注意していたけれど、例の男からの手紙も来た様子はなかった。
で、ある日、少々圧迫を感じる程も春めいてお天気のよい日であったが、愛之助は芳江と同行で東京行きの特急に乗った。午後の汽車は、ほこりっぽく、むしむしと暑くて、おまけに退屈だった。極り切った百姓家と畑と森と立看板とが、うんざりする程いつまでも続いた。細君には別に話もなかった。
沼津 ぬまづ で東京の夕刊を買った。二面の大きな写真版。東京駅に着いたS 博士 はかせ と出迎えの何々氏。S博士というのは日本人にも有名な 独逸 ドイツ の科学者、旅行の途中 上海 シャンハイ から大阪を経て今朝東京へ着いたのだ。今晩講演会があると書いてある。愛之助は白髪の博士などに別段興味はなかったが、出迎えの何々氏何々氏の一番隅っこに、通俗科学雑誌社長品川四郎のモーニング姿が見えたので、これはと思ったのだ。品川は講演会の通訳をするらしい。
「どうも活動家だな」
とニヤニヤしながら、なおもその写真版を見ていると、妙なものを発見した。
「品川の奴、慾ばって二つも顔を出している」
と考えてギョッとした。一枚の写真に同一人が二つに写る訳はない。又しても、例の幽霊男だ。写真には博士と出迎えの人々の外に、うしろから無関係な群集の顔が覗いているのだが、その顔共の中に、ハッキリともう一人品川四郎が笑っている。
果して幽霊男の方では、品川四郎というものに気附いて、そのあとをつけ廻しているのだ。何かの悪事を企らんでいるのだ。
「芳江、一寸これをごらん」
愛之助は、まだ幾分細君を疑っていたので、この写真で彼女をためして見ようと、ふと意地悪く思いついたのである。
「マア、品川さんね。S博士の通訳をなさるのね」
「それはいいんだが、うしろの方から覗いている、この顔をごらん」
と云って、指で幽霊男を示した。
「そうね、そう云えば品川さんそっくりね。マア、よく似てるわ」
オヤオヤ、何とほがらかなことだ。
「実はね、品川四郎と一分一厘違わない男が、(しかもそれが悪者なんだ)どこかにいるのだよ、僕はそいつに度々逢ったことがある」
と、この機会に、読者の知っている大略を話して聞かせた。(赤い部屋の隙見の件は都合上省略したけれど)
外は暮れ始めた鼠色だった。大入道みたいな樹立が、モクモクと窓の外を走って行った。天井の電燈が外の薄闇とゴッチャになって、妙に赤茶けて見え、車内の人顔に異様な くま が出ている。その中で、彼はせいぜい 凄味 すごみ たっぷりに、時々じっと相手の目を見つめたりして、それを話したのだ。
「マア、気味が悪い。何か企らんでいるのでしょうか」
彼女は幾分蒼ざめて見えた。だが、誰にしたって怖がる話だ。少々蒼ざめたからと云って彼女を疑う理由にはならぬ。
彼女が若し、知らずしてこの第二の品川四郎と不義を重ねているのだったら、非常な 狼狽 ろうばい を隠すことは出来ない筈だ。 狐忠信 きつねただのぶ の正体を知った 静御前 しずかごぜん の様に、ギョッとしなければならぬ筈だ。が、そんな様子も見えぬ。
「やっぱり俺の思い違いだったか。ヤレヤレ」
と、そこで愛之助は一層 安堵 あんど を深くした訳であるが、この安堵が本当の安堵に終ったかどうか。
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