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持病の退屈がけし飛んでしまうこと_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:持病の退屈がけし飛んでしまうこと別宅へ帰って見ると、よく掃除の行届いた小ぢんまりとした家の中に、芳江は婆やを相手に、つつ
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持病の退屈がけし飛んでしまうこと


別宅へ帰って見ると、よく掃除の行届いた小ぢんまりとした家の中に、芳江は婆やを相手に、つつましく留守番をしていた。
狭い家だから、夫婦の寝室は襖一重だった。二階の八畳の客間の方に愛之助の、六畳の次の間の方に芳江の床がのべてあった。
愛之助が床に這入って、仰向きになって煙草を吸っていると、その枕下の くわ 角火鉢 かくひばち によりかかる様にして、芳江は何かと話しかけるのであった。
それは主に滞京中の遊楽予定についてで、久し振りの 歌舞伎 かぶき が楽しみだとか、福助が早く見たいとか、 何日 いつ の音楽会は誰さんのピアノが一番聴きものだとか、女の癖に東京風の 牛鍋 ぎゅうなべ が早くたべたいとか、とか、とか、とか、甚だ ほがら かで かつ 饒舌 じょうぜつ であった。
彼女の好みで旅行にさえ持って出る、部屋着の派手な 黄八丈 きはちじょう の羽織を着て、ウェーヴがくずれて、恰好のよい頭の形のままに、少しネットリとなった洋髪の下から、なめらかな 頸筋 くびすじ が覗いていた。
例の事件があってから、愛之助の妻に対する関心が、というよりは愛着が、日一日 こまや かになって行くのは事実だった。だが、その為ではなく、こうして目の前に置いて見ると、こんな無邪気な女に不義などが出来るとは考えられなかった。
「あのね、一寸ペンと紙を持って来てごらん」
愛之助はふとそんなことを思いついた。
「なになさるの。お手紙?」
「マアいいから持って来て」
芳江が万年筆と書簡箋を持って来ると、
「そこへね、君、恋という字を書いてごらん」
アア、何というあどけない女だ。芳江はそれを聞くと、ためされているなどとは夢にも思わず、恥かしそうに、眼の ふち を赤らめて、夫婦の間の、あの特殊の、みだらな笑いを笑ったのである。
「ホホホホホホ、おかしいわ。あなたどうかなさったの」
「マア、兎も角書いてごらん」
「ホホホホホホホ、先生の前でお習字をする様ね」
極めて素直に、彼女はペンを取って「恋しき」と書いた。そして、筆をとめて、愛之助を見上げて、例の笑いを笑って云った。
「次に何と書きましょうか」
愛之助には、彼女がこんなに素直なのは、彼の愛に餓えているからだ。彼女は今久し振りの夫婦の遊戯を楽しんでいるのだということが、分る様に思えた。だが答えはやっぱり意地悪く、
「四郎さまお もと へ」
と云い放った。
「マア」
芳江はびっくりして、真面目な顔になった。そして、一 刹那 せつな 目をうつろにして、「四郎さま」の意味を捉えようとして、頭の中を探し廻っている様子だった。
「無実に極っている。いくらなんでも、こんな巧みなお芝居が出来る筈はない」愛之助はすっかり安心した。恋という字のくずし方は確かに似ているけれど意味もない暗合にすぎないのだ、品川が云った通り、偶然同じ手本を習ったのだ。
「四郎さまって、一体誰のことをおっしゃるの?」
芳江は少し あお ざめて、つめ寄る風で尋ねた。
「いいんだよ。もうすっかりよくなったのだよ。四郎さんかい。四郎さんなんて、どこにだって転がっているよ。小学校の読本にだって」
愛之助はすっかりいい気持になって云った。
それから暫くして、変なことだけれど、愛之助は電車に乗っていた。
電車は満員だった。身動きも出来ないで、 吊皮 つりかわ にぶら下っていた。人間の頭が、紳士や商人や奥さんやお神さんや令嬢や、重なり合って、ゴチャゴチャと目の前に押し寄せている。が、ふと見ると、その頭の間から、チラッと品川四郎の顔が覗いた。
「品川君、君、品川君だね」
愛之助は大きな声で呶鳴った。
すると、相手は返事をする代りに、ひょいと頭を引込めて、人ごみに隠れてしまった。
「ヤ、あいつだ。幽霊男だ。皆さんちょっとどいて下さい。あいつをつかまえなくちゃならないのですから」
だが とて も身動きが出来なんだ。
「つかまえてくれ。そいつを、つかまえてくれ」
愛之助が不作法にわめいたので、車内の顔という顔が、ハッとこちらを向いた。ゴチャゴチャと重なり合って、愛之助を見つめた。しかも、ゾッとしたことには、その顔がどれもこれも、一つ残らず、皆品川四郎の顔になっていた。
「ワッ」と叫んで、逃げ出そうとすると、何か邪魔になるものが、柔かくて重いものが、ドッシリ胸の上に乗っていた。はねのけてもゴムみたいに弾力があって、又戻って来る。ふと気がつくと、それは暖い芳江の腕であることが分った。
「どうなすったの、苦しそうだったわ」
「いやな夢を見た。……君が、胸の上にこの手をのせていたからだよ」
で、つまり、彼女は次の間の自分の床の中には寝ていなかった訳である。
だが、それから一時間程たって、ある瞬間、愛之助は相手をつき放して、部屋の隅へ飛びのいた。
芳江は、非常に唐突にガラリと変った夫の態度が呑みこめなくて、ボンヤリと うずくま っていた。彼女は蒼ざめた夫の顔に、物凄い敵意を認めた。血走った目が怒りに燃えているのを見た。
彼女は一種の こら え難い 侮辱 ぶじょく を感じて、 俯伏 うっぷ して、身体を震わせて、泣き出した。
愛之助はそれを なぐさ めようともせずいきなり着物を着て、哀れな妻を残したまま、もう夜明けに近い戸外へ出て行った。
彼は人通りのない廃墟の様な町を、めくら滅法に歩いて行った。
「確かに、確かに、女は人種が違うのだ、どこか魔物の国からの 役神 つかわしめ なのだ。嘘をつく時には真から顔色までその通りになるのだ。泣こうと思えば、いつだって涙が湧いて出るのだ」
今更らの様にそれを感じた。
「だが、うっかり尻尾を出してしまった。あの仕業は確かに確かに俺の教えたことでない。俺はそんな被虐色情者じゃない。あいつは、幽霊男に教わったのだ。そして彼女もいつの間にかサジズムを愛し始めたのだ」
これは決して彼の妄想ではなかった。動きの取れない証拠があった。彼は例の赤い部屋での、幽霊男とある女性との遊戯を、まざまざと記憶していた。今夜の芳江の仕業は、そのある場面と寸分違わなかったではないか。彼女は彼を馬にしてまたがったではないか。そして、手綱代りの赤いしごきを、彼の首にまきつけようとしたではないか。彼が真蒼になって飛びのいたのも、無理ではなかった。
流石の猟奇者愛之助も、退屈どころではなかった。これで、彼が細君に飽き飽きしたというのは思い違いで、実は心の底では深く深く愛していた事が分る。だが、彼にはこの心の変化が少なからず意外であった。こんなにも不義の相手が、即ち幽霊男が憎くなるなんて、変だと思わないではいられなかった。
「畜生 、畜生奴」
彼は、遊び人かごろつきみたように、相手を八ツ裂きにすることを考えながら、ダクダクほとばしる血潮を まぼろし に描きながら、どこという当てもなく、グングン歩いて行った。
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