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愛之助遂に大金を投じて奇蹟を買求めること_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:愛之助遂に大金を投じて奇蹟を買求めること愛之助は廻らぬ呂律ろれつで一通り事の次第を話したあとで、込み上げて来る涙を隠そう
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愛之助遂に大金を投じて奇蹟を買求めること


愛之助は廻らぬ 呂律 ろれつ で一通り事の次第を話したあとで、込み上げて来る涙を隠そうともせず、丁度泣き 上戸 じょうご の様に、メソメソしながら続けた。
「相手は殺人鬼なんだ。僕の妻が殺されかけていたんだ。で、僕の行為は一種の正当防衛に過ぎないのだ。併し、法律はそんなことを 斟酌 しんしゃく してくれない。第一証拠がないのだ。僕の妻はその空家へ行ったことを否定している。到底僕の為に有利な証言をしてくれる筈はない。それどころか、彼女にとっては、僕は恋人の かたき なんだ。一方姦通者の片割は死んでしまった。そして、奴らの関係を知っている者は、僕の外に一人もないのだ。つまり、ここに一つの殺人がある。殺された奴は恐ろしいラスト・マアダラアだ。けれども誰もそれを知らない。これっぱかりの証拠もない。そして、ただ殺人者として、この僕が死刑台に上る丈けなのだ」
「分りました。分りました」青年は愛之助のくり言をさえぎって云った。「で、つまるところ、あなたは殺人者として処罰せられることを免れさえすればいい訳でしょう。サア、取引です。一万円は高いと御思いですか」
「話してくれ給え。一万円で何を買うのか」
「奇蹟です。想像も出来ない奇蹟です。それ以上説明は出来ません。僕を不信用だと御思いなさるのでしたら、これでお別れです」
青年はそう云って、いつかの晩の様に、その場を立去りそうにした。
「サア、ここに小切手がある。いくらでも金額を書入れよう」
愛之助は、もうお金なんか、ごみか何ぞの様に思っていた。青年は小切手帳を見ると、胸のポケットから万年筆を抜いて彼に渡した。
「一万円かっきりでいいのです」
「サア、一万円。だが、明日の朝でなければ現金に変らない。それまでに、僕の犯罪が発覚するかも知れぬが」
「それは、運命です。兎も角もやって見ましょう。明朝の九時、これを現金にすれば、すぐ奇蹟の場所へ御連れします」青年は腕時計を見て、「今二時半です。あと六時間余りの辛抱です。ナアニ、お酒を飲んでいれば きたってしまいますよ」
だが、まさかバーで夜を明かす訳にも行かぬので、怪青年の案内で、愛之助は吉原近くの木賃宿へ泊った。想像程汚い部屋ではなかったけれど、悪酔いの苦痛の上に、何かしらムズ痒くて、疲れ切っていながら、寝入ることが出来ず、ウトウトとすれば、何とも云えぬ恐ろしい夢にうなされ、我と我が叫声に目を覚まして、飛起きると、身体中不気味な汗に、ベットリ濡れているといった調子で、つい朝までまんじりともしなかった。
配達を待ち兼ねて、新聞を持って来て貰ったが、見るのが怖く、といって見ないではいられなかった。思切って社会面を開いたが、開いたかと思うと、いやな虫けらででもある様にポイと枕元へ放り出した。暫くすると、又手に取って、三面を開きかけて、もう一度放り出した。やっと目を通したのは、そんなことを四五度も繰返したあとだった。
ところが、そこには、池袋の怪屋のことも、幽霊男の死骸のことも、一行も出ていない。
「オヤ、何だか変だぞ、アア、そうそう、昨夜遅くの出来事が今朝の新聞にのる筈はなかったのだ」
と気がついて、愛之助はガッカリした。夕刊に出るまで辛抱しなければならぬかと思うと、 たま らない気がした。
「エエ、なる様になれ。どうせばれるんだ。どうせ死刑台だ」
彼はそんなことを呟きながら、又ゴロリと仰向きになると、あぶら臭い蒲団の襟に顔を埋めた。泥の様にすて ばち な気持である。
だが、やがて思いもかけぬ幸福の風が、彼の人臭い寝床を見舞った。十時に近い頃、昨夜の怪青年が、左右均等のお面の顔を、ニコニコさせて這入って来たのだ。
「吉報です。凡てうまく行きました。お金は何の故障もなく取れました。ホラ、一万円の札束です」
青年はポケットから、百円紙幣の束を出して、ポンポンと叩いて見せた。
間もなく二人は連立って木賃宿を出た。愛之助は太陽を恐れて昼間はいやだと云い張ったけれど、怪青年は一笑に附して、
「それがいけないんです。愚かな犯罪者は、夜暗い町を選んで、さもさも泥棒みたいにコソコソ歩くものだから、すぐ様やられてしまうんです。真昼間大手を振って歩いてごらんなさい。人相書を知っている者でも、まさかあいつがと見逃してしまいます。これが こつ ですよ。ですから、僕なんか、奇蹟の場所へ人を案内するのにも、出来る丈け真昼間を選んでいるのです。サア行きましょう。ちゃんと車が待っているのですから」
とせき立てるので、愛之助もついその気になったのだ。
宿を出て、まぶしい四月の太陽の下を、二三丁も歩くと、そこの大通りに、一台の立派な自動車が待っていた。その運転手も怪青年の一味のものらしく、彼等は目を見交わして、合図をして、 うなず き合った。
やがて、車は愛之助と怪青年を乗せて走り出した。
「少しうっとうしいですが、目かくしをして頂かなければなりません。非常に秘密な場所だものですから、仮令御得意様にでも、その所在を知られたくないのです。これは私共の規則ですから、是非承知して頂き度いのです」
少し走ると青年が妙なことを云い出したが、どうでもなれと捨鉢の愛之助は無論この 申出 もうしいで を承諾した。すると、青年はポケットから一巻きの繃帯を取出して、まるで怪我人みたいに、彼の目から頭部にかけて、グルグルと巻きつけてしまった。普通の目かくしでは、外から見て疑われる心配があるので、繃帯を使って怪我人と見せかけるのであろう。実に万 遺漏 いろう なき くち である。そうして、全速力で三十分ばかり走ると、車が止り、愛之助は青年に手を引かれて、どことも知れぬ石畳みに下車した。
「少々階段を下らなければなりません。足下に注意して下さい」
青年の囁き声と共に、もう石段の降り口に達していた。非常に長い石段であった。降りては曲り、降りては曲りして、充分二丈程も地下に下った様子である。
やがて、広々とした 平地 ひらち に出た。そこはもう石畳みではなくて、ツルツル すべ る板張りの床になっていた。
「御辛抱でした」
青年の声がして、頭の繃帯がとられて行った。目かくしがとれて眺めると、さっき宿を出て歩いた道の、はれがましい白昼の明さに引かえて、そこは、陰々とした地底の夜の世界であった。
十坪程の簡素な板張りの、アトリエ風の洋室で、電燈はついていたけれど、 もの の様な非常に多くの陰影が群がって、一種異様な別世界の感じを与えた。というのは、その部屋の四方には、まるで五百羅漢の様に、等身大の男女の裸人形が立並んでいたからである。
「びっくりなすっている様ですね。併し、ここは人形工場じゃありません。そんな世の常の場所じゃありません、今に分ります。今に分ります」
怪青年は、彼自身人形と同じ様な、余りにも整い過ぎた顔に、妙な薄笑いを浮べながら云うのである。
人形共のうしろには、沢山の棚があって、そこに、化学者の実験室の様に、無数の薬瓶が並んでいた。その棚の二つの切れ目が、今這入って来た入口と、奥へ通ずる ドア である。その奥には一体全体どんな設備があるのか、 そもそ も何者が住んでいるのか、愛之助は何かしら 名状 めいじょう し難い魔気という様なものに襲われ、戦慄を禁じ得なかった。
暫くそこに佇んでいると、突当りの ドア の握りが、さもさも用心深く、ジリジリと廻って、やがてその ドア が音もなく半ば開かれ、暗い蔭に、何者かの姿が、薄ぼんやりと現われた。
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