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トランクの中の警視総監_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:トランクの中の警視総監それから一週間程たったある日のこと、明智小五郎は、一台の古めかしい人力車に、極大ごくだいトランクを
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トランクの中の警視総監


それから一週間程たったある日のこと、明智小五郎は、一台の古めかしい人力車に、極大ごくだいトランクを運ばせて、警視庁を訪れた。
「ヤア、明智君じゃないか。君のホテルを訪ねてもいないし、どこへ行ったのかと心配していた所だ。何だか収獲があったらしいね。その大トランクは、君、一体何だい」
玄関の大ホールで、出逢頭の波越警部が声をかけた。
「非常に重大な証拠物件だ。あとで話すよ。だが、とりあえず、赤松総監に御目にかかりいのだ。いらっしゃるかい」
「ウン、今僕は総監室で話をして出て来たばかりだ。刑事部長さんもいたよ」
「じゃ、一つ巡査君に、このトランクを運ぶ手伝いを頼んでくれ給え。総監室へ持込んで貰い度いのだ」
「心得た。オイ君、一寸この車夫の御手伝いをしてやってくれ給え」波越氏は、ホールに居合わせた二人の警官に命じて置いて「残念だが、僕は行啓ぎょうけいの御警衛のことで、急用があるんだ。総監室で詳しく話して置いてくれ給え。間に合ったら、僕も話を聞きに帰って来るから」
波越警部と別れた明智小五郎は、大トランクを追って、総監室へ上って行った。
「我々は君を探していた所だったよ。明智君」
総監は、彼の顔を見ると、磊落らいらくに云った。
「例の白蝙蝠事件が、一向にはかどらないのでね。だが、妙な物を持込んで来たじゃないか。そのトランクは何だね」
「何か御用談中ではなかったのですか」
明智が、総監と向い合って腰かけている刑事部長を見ながら尋ねた。
「イヤ、我々の話は今すんだ所だ」
「それでは、はなはだ恐れ入りますが、総監お一人にお話し致したいことがありますので、暫く……」
「オイオイ、明智君、ここにいるのは、君も知っている刑事部長さんだよ。失礼なことを云っては困るね」
「ですが、実は非常に重大な事柄だものですから、総監にお話し申上げるさえ、躊躇ちゅうちょする程なんです。失礼ですけれど、暫くお人払いを……」
明智はひどく云いにくそうだ。
「明智君、今日はいやに勿体もったいぶるんだね」刑事部長は笑いながら立上がった。「併し、僕はあちらに用事もあるから、又あとで来ます。じゃ明智君どうか」
彼は云い捨てて、総監室を出て行った。
「サア、聞こう。その重大事件というのは一体何事だね」
赤松総監は、この天才探偵の、奇抜な所業をひどく面白がっているのだ。
「完全にお人払いが願い度いのです」
明智は強情である。
「では」総監は益々面白がって「オイ、君、一寸あちらへ行って居給え」
総監室の入口に陣取っていた受附係が追払われた。あとは文字通り二人切りだ。
「ドアの鍵をお持ちでしょうか」
「鍵? 君はドアに鍵をかけようというのかね。そいつはどうも」総監は笑い出して「確かその、受附の机の抽斗ひきだしに這入っていた筈だが」
明智は鍵を探し出して、内部から入り口のドアに鍵を卸した上、鍵穴には鍵を差したままにして席に戻った。
「このトランクの中の品物を、ごらん願い度いのです」
「ひどくかさばったものだね。開けて見給え」
トランクというのは、内地の旅行などには滅多に使用せぬ、鎧櫃よろいびつの様な極大型ごくだいがたのもので、人一人這入れる程の大きさである。
「びっくりなさらない様に、非常に意外なものが這入っているのですから」
明智はトランクの鍵を廻しながら、まるで手品師が秘密の箱をあけて見せる時の様な表情で云った。
その刹那、赤松総監の頭に「死体」という観念がひらめいた。すると、トランクのふたをすかして、その中に丸くなっている、不気味な血だらけの肉塊が、まざまざと見えて来る様に思われる。流石の総監も、少々顔の筋を固くしないではいられなかった。
カチンと錠前のはずれる音がして、トランクの蓋は一寸二寸と、ゆっくり開かれて行った。先ず現われたのは、旭日章きょくじつしょうのピカピカ光った警察官の制帽であった。それから、制帽の下の丸々と肥った顔、口髭、金ピカの肩章、高級警察官の黒い制服、窮屈そうに斜めになった帯剣。
それは確かに、窓の外にあかあかと陽の照っている、昼間であった。又、赤松総監は決して夢を見ている訳ではなかった。だが、夢か幻でなくて、こんな恐ろしいことが起り得るであろうか。さしもの豪傑政治家も、アッと云ったまま、目はトランクの中の人物に釘づけになり、身体は強直したかの様に動かなくなってしまった。
明智小五郎はと見ると、トランクの蓋を開け切って、じっと、獲物を狙う蛇の様な目で、総監の表情を見つめている。
二人はそうしたまま、三十秒程、見事に出来た生人形の様に、動きもせず物も云わなかった。
「ハハハハハハハ、明智君、人の悪いいたずらをしちゃいけない」総監はやっと元気を取戻して、泣き笑いの表情で、いて大声を出した。「僕の似顔人形を作って、おどかそうなんて」
如何にも、トランクの中の人物は、赤松警視総監の似顔人形であった。肥った身体、丸い顔、愛嬌のあるチョビ髭、クリクリと丸い目、帽子も制服も帯剣も靴も、凡て凡て総監そっくり、髪の毛の数まで同じかと疑われるばかりだ。
「人形だとおっしゃるのですか」明智は毒々しい声で云った。
「もっとよく見てごらんなさい」
総監は悪夢にうなされた気持で、余りにもよく出来た、自分と寸分すんぶ違わぬ生人形に見入った。
見ている内に、警視総監の心臓でさえも、ギョクンと喉の辺まで飛上る様な、恐ろしい事実が分って来た。
そいつは生きていたのだ。人形ではなかったのだ。確かに呼吸いきをしている。窮屈に曲げた腹部が、静かに波打っているではないか。パチパチと、瞬きさえしているではないか。
総監は余りの出来事に、採るべき手段を考える力もなく、放心の体で、トランクの中のもう一人の総監を眺めていた。
人形の丸い頬が、ピクピクと痙攣を始めた。ハッと息を呑む間に、その痙攣が、だんだんひどくなって行ったかと思うと、唇がキューッとめくれて、白い歯並が現われ、その顔がいきなり、ニタニタと笑い出したのである。
それを見ると、五十歳の赤松総監が、子供の様な泣き顔になって、タジタジとあとじさりをした。
と、同時に、トランクの中の男が、ビックリ箱を飛び出す蛇みたいに、突然ニョッキリと立上がったかと思うと、諸手もろてを拡げて総監に飛びかかって行った。
頭から足の先まで、そっくり同じ、二人ににん総監の取組合とっくみあいだ。しかも、それが夢でもなければ、お芝居でもない。白昼、警視庁総監室での出来事だ。腹を抱えてゲラゲラ笑い出したい程滑稽で、しかも同時に、ゾーッと総毛立つ程恐ろしい事柄である。
飛びかかって行った方の、つまり偽総監が、余りの事に手出しも出来ぬ本物の総監を、うしろに廻って、羽交締はがいじめにしてしまった。
だが、流石は百戦練磨の老政治家だ。総監はそれ程の恐怖に直面しながら、はしたなくわめき出す様なことはしなかった。彼はじっと心を落ちつけて、羽交締めにされたまま、ジリジリとデスクの側に近づくと、僅かに動く右手の指で、ソッと卓上の呼鈴を押そうとした。
「オッと、そいつはいけない。赤松さん、その呼鈴は命とかけ換えですぜ」
明智が素早く見て取って、ピストルを構えながら、総監を威嚇いかくした。
「明智君、これは一体どうしたことだ。君はいつの間に僕の敵になったのだ」
「ハハハハハハハ、私が明智小五郎に見えますかね。もっと目をあけてごらんなさい。ほらね」
明智が顔をモグモグやって見せる。
「アッ、貴、貴様は一体何者だッ」
明智は左手でポケットから、大型の麻のハンカチを取出して、総監の目の前で、ヒラヒラ振って見せた。驚くべし、そのハンカチの片隅には、見覚えのある不気味な白蝙蝠の紋章。
「ウヌ、畜生ッ」
総監は全身の力を奮い起して、背後の敵をふりほどこうとした。だが、怪物の羽交締めは、いっかな解けぬ。もう絶体絶命だ。大声で呶鳴って人を呼ぶ外はない。と思う顔色を見て取った、偽の明智小五郎は、間髪を容れず、振っていたハンカチを丸めて、総監の口へ、グイと押込んでしまった。咄嗟の猿轡さるぐつわだ。
瞬く間に、手足を縛られて、トランクの中に丸くなったのは、今度は本物の赤松総監であった。あばれようにも、声を立てようにも、もうどうすることも出来ぬのだ。
「分りましたか。赤松さん、我々のプログラムは予定通り、着々進行している訳です。第一は、宮崎常右衛門、第二は、明智小五郎、第三は、赤松警視総監とね。つまり今日はあなたの順番が来た訳なんですよ」
偽の明智小五郎が宣告を与えた。
妙な例え話だけれど、林檎りんごの皮をむかずして、中味けを幾つかに切離すことが出来るか。それは出来るのだ。針と糸があれば易々と出来るのだ。だが、顔から形から寸分違わぬ人間が、思うがままに生れて来る、この白蝙蝠団の大魔術は、林檎の問題ではない。どんな針と糸を持って来たとて、そんな馬鹿馬鹿しいことが、出来っこはないのだ。
怪談か、でなければお伽噺だ。若しもこれらのものが、現実の出来事であったとすれば、その背後に、思考力を遙かに飛び越えた、何物かが存在しなければならない。だが、昔から偉大なる発見なり発明なりは、それが公表される瞬間まで、全世界の常識が不可能と考え、怪談お伽噺と嗤うていの事柄であったことをも一考して見なければなるまい。
それは兎も角、トランクの蓋が閉じ、カチンと錠前が卸された。現内閣の巨星、しょう四位勲三等警視総監赤松紋太郎もんたろう氏は、今やトランク詰めの一個の生きた荷物となり終ったのである。蓋をしめる時、明智が念の為に麻睡薬をかがせたので、荷物はもうコトリとも動きはしない。
不思議な仕方で事務の引継ぎを了した新警視総監は、総監の大きな腕椅子に、ドッカと腰を卸し、卓上にあった旧総監私用の葉巻煙草を切って、大様おおように紫の煙を吐いた。
偽明智は、生きた荷物のトランクに腰かけて、言葉丈けは鄭重ていちょうに、新総監に話しかけた。
「では、閣下、このトランクは一先ず私のホテルに保管して置くことに致しましょうか」
新総監はこれに対して、着任最初の口を開いた。
「アア、そうしてくれ給え。ところで、その荷物を運び出す為には、ドアを開かなくてはなるまいね」
何とまあ、声まで赤松紋太郎氏そっくりである。
「ハハハハハハハ、如何にも左様でございましたね」
明智は云いながら、立って行って鍵を廻し、ドアの締りをはずした。さて、新総監が呼鈴のボタンを押すと、さっきの受附係が這入って来る。
「君、誰かに手伝わせてね、このトランクを表まで運び出すんだ。そして、アア、明智君、車が待たせてあるのかね」
「ハア、人力車が待たせてあります」
「では、その人力車に積んで上げるのだ。分ったかね」
受附係は委細かしこまって引退ひきさがって行った。
斯様かようにして、何の造作もなく新旧警視総監の更迭こうてつが行われ、とりすました明智小五郎は、本物の総監を積み込んだ人力車を従えて、いずこともなく立去ったのである。
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