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慈善病患者_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:慈善病患者実業界の大立者おおだてもの宮崎常右衛門氏が、真赤な偽物で、実は白蝙蝠団の一員であったとすれば、その人望と、巨万
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慈善病患者


実業界の大立者おおだてもの宮崎常右衛門氏が、真赤な偽物で、実は白蝙蝠団の一員であったとすれば、その人望と、巨万の資産の運用とによって、一種の産業動乱を捲き起すことは、さして難事ではない。
既に現われた一例を上げるならば、偽宮崎氏が殆ど無謀に近い職工達の要求を、無条件に承認したことは、業界一般の一大打撃となり、囂々ごうごうたる世論を惹起ひきおこし、同業組合の内紛を醸し出したばかりではない。当時の生産品市価を以てしては、採算不可能、全紡績事業は成立の見込み立たずということになり、極言すれば、日本の同業者は全滅するの外なきに立至ったとさえ云い得るのだ。無論、当の宮崎氏が、世の非難の的となり、同業者の怨腑えんぷとなったことは云うまでもない。令嬢が殺害されたのは同情すべきだが、併し事後に至って、何も職工達の要求を容れることはない。寧ろ工場を閉鎖すべしというのだ。ところが滑稽なことには、その宮崎氏は実は泥棒なのだ。事業界の地位を失おうが失うまいが、会社が儲かろうが儲かるまいが、そんなことは、てんで問題ではない。彼は有産社会から鬼畜呼ばわりをされながら、鋼鉄張りの神経で、どこを吹く風かとそらうそぶいていた。
又、この事件で打撃を蒙ったのは独り同業者ばかりではなかった。日本の全産業界に、嘗つて前例のない、労働者横暴時代がやって来るのではないかと疑われた。というのは、岩淵紡績争議が終って、まだ一週間もたたぬ間に、全国各地の様々な製造工業に、已に五つの争議が起っていた。彼等は岩淵紡績の実例で味をしめ、増長したのだ。そこへつけ込んで、争議で飯を食っている連中の、煽動せんどうよろしきを得たのである。
すると、妙なことに、それがどんな地方で起った争議であっても、職工の要求書が提出されると同時に、岩淵紡績の場合と同じ様な脅迫状が、事業首脳者の私宅に、誰が持って来たともなく現われるのだ。令嬢なり、令息なり、令夫人なりの命を頂戴するという例の文句である。
目前、宮崎氏令嬢の実例で、怖気おじけをふるっている資本家達は、結局職工の要求を容れることになる。でなければ、工場閉鎖だ。
この勢で、ドシドシ争議が起り、ドシドシ労働者の言分が通って行ったならば、極度の物価騰貴とうきを招来するか、しからざれば生産工業全滅である。
神経過敏な論説記者は、已にそれをうれえる論調を示し、世論は漸次ぜんじ高まりつつあった。商工会議所が動き始めた。雑談的にではあったが、ある日の閣議で、このことが、閣僚達の熱心な話題となった。
白蝙蝠の紋章は、今やブルジョアの恐怖と憎悪の象徴であった。又、一見有利の立場に見える労働者も、白蝙蝠団の真意をすいし兼ねて、一種空恐ろしい感じを抱かないではいられなかった。何と云っても、相手は泥棒人殺しの団体なのだ。その暴力を借りて争議の成功をおさめたとあっては、労働階級の名折れだという、正義派も現われて来た。学者論客は、筆を揃えて、悪虐白蝙蝠団の全滅を見るまでは、全国の労働者よ、断じて軽挙妄動けいきょもうどうすべからずと忠告した。
この社会の攪乱者かくらんしゃ、殺人鬼の団体を、何故放任して置くのか。政治家はねむっているのか。警察は何をしているのだ。と、結局非難攻撃の的は警察だ。中にも、白蝙蝠の本拠東京の警視庁だ。
ところが、何と途方もないことには、その怪賊退治の責任者、当の警視庁の最高指揮者は、いつの間にか真赤な偽物に、しかも誰にも見分けることの出来ない、双児ふたごの様な怪賊の一員と変っていた。つまり白蝙蝠団は、彼等にとって唯一の大敵である警視庁を、早くも占領してしまったのだ。
偽赤松紋太郎氏は、官邸においては、前総監夫人と寝室を共にし、登庁しては、部下の首脳者達の目を巧みにあざむき、偽物とは云い条、その手腕あなどり難きものがあった。
偽総監の机上には、決裁すべき重要書類の外に、市民からの非難攻撃の投書が山と積まれた。彼は毎日定刻に登庁して、書類に盲目判をすのと、この興味深き投書を読むのが仕事であった。当時総監室を訪れた庁内の人達は、彼がさも愉快そうに、ニタニタ笑いながら、総監罵倒の投書文に読みふけっているのを目撃して、この老政治家の太っ腹に驚嘆したものであるが、その実何も驚くことはなかったのだ。彼は警察当局者の無能を、真からおかしがって、投書家と一緒になって、笑っていたに過ぎないのだから。
彼が庁内の事情に馴れて来るに従って、日夜頭を悩ましたのは、部長だとか課長だとか、各署の署長などを、如何なる名目によって更迭すべきか、又如何に更迭せば、最も警察能力を低下せしめ得るかという、重大問題であった。偽総監の陰謀がどんな形を取って現われたか、又その結果、殆ど無警察同然となった帝都に、どの様な戦慄すべきわざわいかもされるに至ったか。等々とうとうは、だが、のちのお話である。
さて、警視総監の次に、白蝙蝠団の魔手の伸びる所は、彼等のプログラムに従えば、内閣総理大臣大河原是之氏の官邸であった。
大河原伯爵一家は、先年夫人を失ってから、養子の俊一しゅんいち氏と実子美禰子みねこさんの二人の外に肉親はなく、は召使ばかりの淋しい家庭であった。夫人との間に長く子がなかった為に、親戚の俊一氏を養子に迎えたが、それから数年の後、ひょっこりと美禰子さんが生れた。そこで、美禰子さんは養子俊一氏とめあわせることにして、面倒な相続問題を未然に防いだ。幸い当人同志も、この結婚に異存はなく、目下は許嫁いいなずけの間柄である。
美禰子さんは容貌は美しく、智慧ちえはたくましく、誠に立派な伯爵令嬢であった。おそく生れた一粒種で、極度に甘やかされたせいか、たった一つ妙な欠点(或は長所)を持っていた。それは普通の程度を越えてめぐみ深いことであった。どうして、それが欠点かと云うと、彼女の慈悲心は、余りにも突飛な形式で現われることが多かったからだ。
例えば、彼女はある時、道端の乞食に、自分の着ていた、仕立卸しの高価なコートを脱いで、着せかけたままサッサと帰って来たことがある。イヤ、もっとひどいのは、婆さんの乞食を、自動車の中へ拾い上げて、邸宅に連れ戻り、当時まだ在世であった母夫人に、この乞食を家で養ってくれとねだったことさえあった。
美禰子さんの並外れた慈悲心は、同族間ばかりでなく、新聞雑誌のゴシップを通して、広く世間一般の話題にも上り、亡き伯爵夫人は、この気違いめいた令嬢の美徳を、たった一つの苦労にしていた程である。
若し、大河原伯爵家に、怪賊白蝙蝠の乗ずべき隙があったとすれば、この令嬢の奇癖きへきが唯一のものであったかも知れない。それ程この大政治家の生活には、油断も隙もなかったのだ。そればかりではなく、白蝙蝠の一味は、従来のやり口でも分る通り、(例えば、偽の品川が態々本物の品川の住宅に逃げ込んで、寸分違わぬ二つの顔を並べて、明智小五郎を揶揄やゆした如き)強いて奇想天外な手段を選び、その奇怪なる着想を見せびらかす、所謂犯罪者の虚栄心を、たっぷり所有していたのである。
で、ある日のこと、伯爵令嬢美禰子さんが、本邸の書斎で、物思いに耽りながら(というのは許嫁の俊一氏が当時関西の方へ旅行をしていたからで)うっとり窓の外を眺めていると、広い庭園の森の様な木立ちの奥から、フラフラと現われて来た、奇妙な人物があった。
一見、令嬢と同じ位の年頃の女であったが、明かに乞食以上のものではないらしく、身に纏っているものといったら、着物というよりはボロ、ボロと云うよりは、糸屑といった方がふさわしい代物であった。足ははだしだし、髪の毛は、さんばらにして、幽霊みたいに顔の前に垂れ下っていた。
普通の娘なら、そんな闖入者ちんにゅうしゃを見たら、奥へ逃げ込むか、人を呼ぶかする筈だが、美禰子さんは普通の娘ではなかった。無論最初は恐れを為して、窓をしめようとさえしたけれど、その次の瞬間には、持前の異常な慈悲心が、ムクムクと頭をもたげて来た。
美禰子さんは、乞食娘が近づいて来るのをじっと待構えていた。こんな際に使用する最も慈悲深い言葉を頭の中で探しながら。
乞食は、やがて、窓の下にたどりついて、そこに突立ったまま、ジロジロと令嬢を眺め、見かけによらぬ美しい声で云った。
「お嬢さま、なぜお逃げなさらないのです。怖くはないのですか」
アアこの娘は境遇の為にひがんでいるのだ。それであんな皮肉な云い方をするのだ。と令嬢は心の中で考えた。そこで、出来る丈けやさしい声で、先ず、
「お前、どこから這入っておいでなの」
と尋ねて見た。
「門から……、だって、寝る所がなければどんなとこだって構ってはいられませんわ。あたし、昨夜ゆうべは、お庭の隅の物置小屋で寝たんです」
案外上品な言葉を使っている。この娘は生れつきの乞食ではないらしいぞ。と又令嬢は考えた。
「お腹がすいているのでしょう。で、誰か身寄りのものはありませんの。お父さんとかお母さんとか」
「なんにもありません。みなし子です。そして、お腹の方はおっしゃる通りペコペコですわ」
「じゃ、人に知れるといけませんから、この窓から這入っていらっしゃい。今あたしが、何かたべるものを探して来て上げますわ」
「誰も来やしませんか」
「大丈夫、このうちには、今あたし一人で、あとは召使のものばかりですから」
これは事実であった。父伯爵は首相官邸にいるのだし、秘書も、三太夫さんだゆうも、皆んなその方へ行って、令嬢の慈善行為をさまたげる様な手ごわい召使は一人もいないのだ。令嬢自身も、いつもは官邸の方にいて、お父さまの身のまわりなど気をつけていて上げる分相応の役目を持っていた。
暫くすると、どこから探し出して来たのか、美禰子さんは、ビスケットのかんとお茶の道具を持って帰って来ると、乞食娘を、汚いとも思わず、立派な椅子にかけさせ、その前のテーブルに、ビスケットの鑵を置いて、奇怪千万なお茶の会を開いたのである。
乞食はよっぽど腹が減っていたと見えて、早速ビスケットを五つ六つ一かたまりに頬張ったが、その時、額に垂れ下っていた髪の毛を、うるさそうに掻き上げたので、初めて彼女の顔がハッキリ眺められた。
何という美しい乞食であろう。汚い着物に引きかえて、顔丈けは、汚れてもいなければ、栄養不良の為に憔悴しょうすいしてもいなかった。目鼻立ちのよく整った、真白な肌。だが、美禰子さんがあんなにもびっくりしたのは、乞食娘が思いもよらぬ美人であったことではない。
「マア、お前……」
さっき乞食の出現にビクともしなかった令嬢が、思わず立上って、ドアの方へ逃げ出しそうにした程だ。
「アア、嬉しい。お嬢さまにも、やっぱりそう見えるのですわね」乞食娘は、さもさも嬉しそうに叫んだ。「あたし、もう本望だわ。こんな見る影もない乞食の子が、総理大臣で伯爵様のお嬢さまと、そっくりだなんて」
事実、この二人、伯爵令嬢と乞食娘とは、一方は断髪で光った着物、一方はさんばら髪であらめの様なボロ、という点を別にすると、背恰好から顔形まで、双児といってもよい程、そっくりであった。
「あたし、勿体ないことですけれど、もうずっと前からお嬢さまとあたしと、生き写しの様によく似ていらっしゃることを知っていました。若し、あのお嬢さまに御目にかかって、一言でもお話が出来たらと、もうそれが、あたしの一生の望みだったのです。その望みが叶って、あたし、こんな嬉しいことはありゃしませんわ」
乞食は、目に一杯涙を溜めていた。
「マア、世の中に、こんな不思議なことってあるもんでしょうか」
美禰子さんも、それまでよりも、十倍も慈悲深い心持になって嘆息する様に云った。
境遇では天と地程も違った、この二人の娘は、忽ちにして、姉妹きょうだいの様に仲よしになってしまった。
美禰子さんが聞くに従って、乞食娘は詳しい身の上話をした。その内容をここに記す必要はないけれど、彼女の身の上は誠に憐むべきものであった。
言葉は上品だし、顔は美しいし、気質もそんなにひねくれてはいない様だ。
美禰子さんは、もう新しいお友達が、一人ふえでもした様に、有頂天になってしまった。
しめっぽい、身の上話がすむと、乞食娘も高貴の令嬢とお友達みたいにしている嬉しさに、段々快活になって来たし、令嬢の方でも気のつまる涙話にあきて、はしゃぎ始めた。
「アア、いいことを思いついたわ。マア、すてきだわ。ネエお前、あたし今、それはそれは面白い遊び方を考え出したのよ」
美禰子さんが、目を輝かせて叫んだ。
「アラ、あなた様と、わたくしとが、何かして遊ぶんですって」
乞食はびっくりして聞き返す。
「エエ、そうよ。あたしね、子供の時分『乞食王子』って云うお伽噺を読んだことがあるのよ。それで思いついたのだわ。あのね……」
と何かボソボソと囁く。
「マア、勿体ない。そんなことが……」
乞食娘は、余りのことにボーッとしてしまって、辞退する言葉も知らぬ体に見えた。
アア、美禰子さんの、並みはずれた慈悲心が、飛んでもない悪戯を考え出してしまった。その結果、あんな大事件が起ろうなどとは、夢にも思わないで。
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