とびらもない門をはいって行くと、草の中に古い木造の洋館が建っていた。
こちらの足音を聞きつけたのであろう。玄関のドアがひらいて、赤い光の中に小柄な老人のシルエットが浮き出した。赤い光はチロチロ動いていた。老人は燭台を自分のからだのうしろに持って、こちらをじっと見ているらしかった。
「大江蘭堂先生でしょうな? どうぞ、おはいり下さい。お待ちしておりました」
何かの鳥がさえずっているような、妙に若々しい声であった。
「わたしがバテレンじじいです。よくおいで下さった。さア、こちらへおはいりください」
手をとらんばかりにして、廊下のドアをひらき、書斎らしい洋間に請じ入れた。
部屋にも電燈はなかった。爺さんはあたりの様子を見せるように、太い蝋燭の燭台をふりてらしてから、それを机の上に置いた。
書棚にえたいの知れぬ古本がならんでいた。壁には、レオナルド・ダ・ヴィンチの人体解剖図の大きな複製がベタベタ貼りつけてあった。村役場にあるような粗末な木机と木の椅子、蘭堂はその一つにかけさせられ、爺さんも向かいあって腰かけた。
これはすばらしい。これはもう、そのまま怪談の材料になる。蘭堂はホクホクしていた。爺さんも蘭堂に会えたのが、ひどく嬉しいらしく、
「よく来て下さった。なんでもお見せします。なんでもお話しします。じゃが、その前に一ぱい如何ですな。上等のコニャックがあります」
そういって、本棚の古本のあいだに入れてあった、変な形の酒瓶とグラスを二つ持って来て、酒をついだ。蘭堂がグラスを取って、嗅いで見ると、なるほどすばらしいコニャックだ。チビリとやって、爺さんの顔を見ていると、爺さんもチビリとやって、ニヤニヤと笑った。
「人形師の秘密がお知りになりたいのですな、小説にお書きになる?」
だんだん蝋燭の光が目に慣れて来た。爺さんは、六十五六歳に見えた。黒いダブダブの洋服を着て、痩せて、顔におそろしく皺があった。目は澄んでいた。茶色の瞳だった。顔にも老年のシミが目立っていた。
「マネキン人形は鋸屑と紙を型にはめて、そとがわにビニールを塗るのですか」
「そういうのもあります。いろいろありますよ。しかし、わたしは、ショーウィンドウのマネキンなんか造りません。そんなものは、弟子たちにやらせます。わたしは本職の人形師です。子供の時分に、安本亀八に弟子入りしたこともある。日本式の生人形ですよ。桐の木に彫るのです。上から胡粉を塗ってみがくのです。これは今でもやりますがね。しかし、なんといっても蝋人形ですね。ロンドンのチュソー夫人の蝋人形館のあれです。わたしは今から二十年ほど前に、ロンドンへ行って、あの人形を見て来ました。日本の生人形も名人が造ったやつは生きてますが、チュソー夫人の蝋人形と来たら、まるで人間ですね。生きているのですよ。死体人形なら、ほんとうに死んでいるのですよ。大江先生はロンドンへおいでになったことは……?」