「これは、わたしの手に石膏をぬって、女型をとったのです。全身をとるのも、りくつは同じですよ」
「では、ほんとうの人間からとった全身人形も造ったことがあるのですね」
「ありますとも、画家がモデルを使うように、人形師もモデルを使うのです。モデルはドロドロの石膏にうずまるのですから、あまり気持がよくありませんがね。顔をとるときは、鼻の穴にゴム管を通して、息ができるようにしておくのです。たいていの娘はいやがりますが、なかには、石膏にとじこめられ、抱きしめられるような気持が好きだといって、進んでモデルになる娘もいますよ」
伴天連爺さんは、歯の抜けた口をあけて、ニヤニヤと笑った。
「そのアトリエを見せていただきたいものですね」
「むろん、お見せしますよ。では、これをすっかり飲んでから、アトリエへ行きましょう、今晩はうすら寒いですから、からだをあたためてからね」
老人はそういって、グラスを取りあげ、グッとのみほした。蘭堂もそれにならった。強い酒が腹にしみわたって、からだがほてってくるようであった。
老人は机の上の燭台を持って、先に立った。そのとき、蝋燭の光の加減で、机の上にほうり出してある蝋製の手首が少し動いたように見えた。それから、まっ暗な廊下を三間ほど行ったところで、老人は何かカチカチ云わせている。ポケットから取り出した鍵でドアをあけようとしているのだ。
「このあいだ電燈会社と喧嘩をしてしまいましてね、電燈がつかないのです。少々暗いが、我慢して下さい。もっとも、わたしは夜は仕事をしませんから、電燈がなくても、べつに差支えありませんがね」
弁解をしているうちに、ドアがひらくと、彼は燭台をヌッとこちらへさし出して、しばらく、じっと蘭堂の顔を見つめていた。
「びっくりしてはいけませんよ。なにしろ蝋人形というやつは、ちょっと気味のわるいものですからね」
警告するように云って、部屋の中へはいって行った。蘭堂は年甲斐もなく、少し怖くなって来たが、それがまた、たまらない魅力でもあった。彼はオズオズと老人のあとにつづいた。
妖美人
燭台の蝋燭が部屋の中をソロソロと動いて行った。その光の中へ、何もない床や、粘土のかたまりや、彫刻用のコテや、石膏のかけらや、いろいろのガラクタが、次々と現われては消えて行く。そして、ピッタリ光が動かなくなった。そこに異様な物体が横たわっていた。大きなものであった。
「これ、なんですか」
気味がわるくて、黙っていられなかった。
「よくごらんなさい。死骸ですよ。断末魔です。知死期です。わたしの自慢の作品ですよ」