奇妙な取りひき
「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、その窓の鉄棒は、きみの力じゃはずせまい。そんなところに立って、いつまで窓をにらんでいたって逃げだせっこはないんだよ。気のどくだね。」
賊は、にくにくしくあざけるのでした。
「やあ、おはよう。ぼくは逃げだそうなんて思ってやしないよ。居ごこちがいいんだもの。この部屋は気にいったよ。ぼくはゆっくり滞在するつもりだよ。」
小林少年も負けてはいませんでした。今、窓から伝書バトをとばしたのを、賊に感づかれたのではないかと、胸をドキドキさせていたのですが、二十面相の口ぶりでは、そんなようすも見えませんので、すっかり安心してしまいました。
ピッポちゃんさえ、ぶじに探偵事務所へついてくれたら、もうしめたものです。二十面相が、どんなに毒口をたたいたって、なんともありません。最後の勝利はこっちのものだとわかっているからです。
「居ごこちがいいんだって? ハハハ……、ますます感心だねえ。さすがは明智の片腕といわれるほどあって、いい度胸だ。だが、小林君、少し心配なことがありゃしないかい。え、きみは、もうおなかがすいている時分だろう。うえ死にしてもいいというのかい。」
何をいっているんだ。今にピッポちゃんの報告で、警察からたくさんのおまわりさんが、かけつけてくるのも知らないで。小林君は何もいわないで、心の中であざわらっていました。
「ハハハ……、少ししょげたようだね。いいことを教えてやろうか。きみは代価をはらうんだよ。そうすれば、おいしい朝ご飯をたべさせてあげるよ。いやいや、お金じゃない。食事の代価というのはね、きみの持っているピストルだよ。そのピストルを、おとなしくこっちへひきわたせば、コックにいいつけて、さっそく朝ご飯を運ばせるんだがねえ。」
賊は大きなことはいうものの、やっぱりピストルをきみ悪がっているのでした。それを食事の代価としてとりあげるとは、うまいことを思いついたものです。
小林少年は、やがて救いだされることを信じていましたから、それまで食事をがまんするのは、なんでもないのですが、あまり平気な顔をしていて、相手にうたがいをおこさせてはまずいと考えました。それに、どうせピストルなどに、もう用事はないのです。
「ざんねんだけれど、きみの申し出に応じよう。ほんとうは、おなかがペコペコなんだ。」
わざと、くやしそうに答えました。
賊は、それをお芝居とは心づかず、計略が図にあたったとばかり、とくいになって、
「ウフフフ……、さすがの少年探偵も、ひもじさにはかなわないとみえるね。よしよし、今すぐに食事をおろしてやるからね。」
といいながら、おとし穴をしめて姿を消しましたが、やがて、何かコックに命じているらしい声が、天井から、かすかに聞こえてきました。
あんがい食事の用意がてまどって、ふたたび二十面相が、おとし穴をひらいて顔を出したのは、それから二十分もたったころでした。
「さあ、あたたかいご飯を持ってきてあげたよ。が、まず代価のほうを、さきにちょうだいすることにしよう。さあ、このかごにピストルを入れるんだ。」
綱のついた小さなかごが、スルスルとおりてきました。小林少年が、いわれるままに、ピストルをその中へ入れますと、かごは、手ばやく天井へたぐりあげられ、それから、もう一度おりてきたときには、その中に湯気のたっているおにぎりが三つと、ハムと、なま卵と、お茶のびんとが、ならべてありました。とりこの身分にしては、なかなかのごちそうです。
「さあ、ゆっくりたべてくれたまえ。きみのほうで代価さえはらってくれたら、いくらでもごちそうしてあげるよ。お昼のご飯には、こんどはダイヤモンドだぜ。せっかく手に入れたのを、気のどくだけれど、一粒ずつちょうだいすることにするよ。いくらざんねんだといって、ひもじさにはかえられないからね。つまり、そのダイヤモンドを、すっかり、返してもらうというわけなんだよ。一粒ずつ、一粒ずつ、ハハハ……、ホテルの主人も、なかなかたのしみなものだねえ。」
二十面相は、この奇妙な取りひきが、ゆかいでたまらないようすでした。しかし、そんな気のながいことをいっていて、ほんとうにダイヤモンドがとりかえせるのでしょうか。
そのまえに、彼自身がとりこになってしまうようなことはないでしょうか。