名の売れている海水浴場の様に、都会の少女達の優美な肉体が見られる訳ではなく、宿といっても東京の木賃宿見たいなもので、それに食物もさしみの外のものはまずくて口に合わず、随分淋しい不便な所ではありましたが、その私の友達というのが、私とはまるで違って、そうした鄙びた場所で孤独な生活を味うのが好きな方でしたのと、私は私で、どうかしてこの男をやっつける機会を掴もうとあせっていた際だったものですから、そんな漁師町に数日の間も落ちついていることが出来たのです。
ある日、私はその友達を、海岸の部落から、大分隔った所にある、一寸断崖見たいになった場所へ連れ出しました。そして「飛込みをやるのには持って来いの場所だ」などと云いながら、私は先に立って着物を脱いだものです。友達もいくらか水泳の心得があったものですから「なる程これはいい」と私にならって着物をぬぎました。
そこで、私はその断崖のはしに立って、両手を真直ぐに頭の上に伸ばし「一、二、三」と思切りの声で怒鳴って置いて、ピョンと飛び上ると、見事な弧を描いて、さかしまに前の海面へと飛込みました。
パチャンと身体が水についた時に、胸と腹の呼吸でスイと水を切って、僅か二三尺潜る丈けで、飛魚の様に向うの水面へ身体を現すのが「飛込み」の骨なんですが、私は小さい時分から水泳が上手で、この「飛込み」なんかも朝飯前の仕事だったのです、そうして、岸から十四五間も離れた水面へ首を出した私は、立泳ぎという奴をやりながら、片手でブルッと顔の水をはらって、
「オーイ、飛込んで見ろ」
と友達に呼びかけました。すると、友達は無論何の気もつかないで、
「よし」と云いながら、私と同じ姿勢をとり、勢よく私のあとを追ってそこへ飛込みました。
ところが、しぶきを立てて海へ潜ったまま、彼は暫くたっても再び姿を見せないではありませんか……。私はそれを予期していました。その海の底には、水面から一間位の所に大きな岩があったのです。私は前持ってそれを探って置き、友達の腕前では「飛込み」をやれば必ず一間以上潜るにきまっている、随ってこの岩に頭をぶつけるに相違ないと見込みをつけてやった仕事なのです。御承知でもありましょうが、「飛込み」の技は上手なもの程、この水を潜る度が少いので、私はそれには十分熟練していたものですから、海底の岩にぶつかる前にうまく向うへ浮上って了ったのですが、友達は「飛込み」にかけてはまだほんの素人だったので、真逆様に海底へ突入って、いやという程頭を岩へぶつけたに相違ないのです。
案の定、暫く待っていますと、彼はポッカリと鮪の死骸の様に海面に浮上りました。そして波のまにまに漂っています。云うまでもなく彼は気絶しているのです。
私は彼を抱いて岸に泳ぎつき、そのまま部落へ駈け戻って、宿の者に急をつげました。そこで出漁を休んでいた漁師などがやって来て友達を介抱して呉れましたが、ひどく脳を打った為でしょう。もう蘇生の見込みはありませんでした。見ると、頭のてっぺんが五六寸切れて、白い肉がむくれ上っている。その頭の置かれてあった地面には、夥しい血潮が赤黒く固っていました。