「くやしいから、じゃ、あたしも射ってあげるわ」
いうかと思うと、彼女は左腕を曲げて、その上にピストルの筒口を置き、生意気な恰好でT氏の胸に狙いを定めた。
「君に射てるなら、射ってごらん」T氏はニヤニヤ笑いながら、からかう様に云った。
「うてなくってさ」
バン……前よりは一層鋭い銃声が部屋中に鳴り響いた。
「ウウウウ……」何とも云えぬ気味の悪い唸声がしたかと思うと、T氏がヌッと椅子から立上って、バッタリと床の上へ倒れた。そして、手足をバタバタやりながら、苦悶し始めた。
冗談か、冗談にしては余りにも真に迫ったもがき様ではないか。
私達は思わず彼のまわりへ走りよった。隣席にいた一人が、卓上の燭台をとって苦悶者の上にさしつけた。見ると、T氏は蒼白な顔を痙攣させて、丁度傷ついた蚯蚓が、クネクネはね廻る様な工合に、身体中の筋肉を伸ばしたり縮めたりしながら、夢中になってもがいていた。そしてだらしなくはだかったその胸の、黒く見える傷口からは彼が動く度に、タラリタラリとまっ紅な血が、白い皮膚を伝って流れていた。
玩具と見せた六連発の第二発目には実弾が装填してあったのだ。
私達は、長い間、ボンヤリそこに立ったまま、誰一人身動きするものもなかった。奇怪な物語りの後のこの出来事は、私達に余りにも烈しい衝動を与えたのだ。それは時計の目盛から云えば、ほんの僅かな時間だったかも知れない。けれども、少くともその時の私には、私達がそうして何もしないで立っている間が、非常に長い様に思われた。なぜならば、その咄嗟の場合に、苦悶している負傷者を前にして、私の頭には次の様な推理の働く余裕が十分あったのだから。
「意外な出来事に相違ない。併し、よく考えて見ると、これは最初からちゃんと、Tの今夜のプログラムに書いてあった事柄なのではあるまいか。彼は九十九人までは他人を殺したけれど、最後の百人目だけは自分自身の為に残して置いたのではないだろうか。そして、そういうことには最もふさわしいこの『赤い部屋』を、最後の死に場所に選んだのではあるまいか、これは、この男の奇怪極る性質を考え合せると、まんざら見当はずれの想像でもないのだ。そうだ。あの、ピストルを玩具だと信じさせて置いて、給仕女に発砲させた技巧などは、他の殺人の場合と共通の、彼独特のやり方ではないか。こうして置けば、下手人の給仕女は少しも罰せられる心配はない。そこには私達六人もの証人があるのだ、つまり、Tは彼が他人に対してやったと同じ方法を、加害者は少しも罪にならぬ方法を、彼自身に応用したものではないか」
私の外の人達も、皆夫々の感慨に耽っている様に見えた。そして、それは恐らく私のものと同じだったかも知れない。実際、この場合、そうとより他には考え方がないのだから。
恐ろしい沈黙が一座を支配していた。そこには、うっぷした給仕女の、さも悲しげにすすり泣く声が、しめやかに聞えているばかりだった。「赤い部屋」の蝋燭の光に照らし出された、この一場の悲劇の場面は、この世の出来事としては余りにも夢幻的に見えた。
「ククククク……」