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湖畔亭事件(20)

时间: 2021-10-19    进入日语论坛
核心提示:二十 どういう訳か、それから私は、彼の手首に目をやりました。しかし、そこには別に傷痕などはありません。私は事件以来、妙に
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二十


 どういう訳か、それから私は、彼の手首に目をやりました。しかし、そこには別に傷痕などはありません。私は事件以来、妙に人の手首に注意する様になっていたのです。その癖が出たのでしょう。無論この(おろか)ものの三造を疑う気持があった訳ではありません。
 ところが、そうして相手を眺めている内に、私はふとこんなことを考えました。
「昨日からたびたび聞かれても、この男は何も知らないといっているけれど、それは尋ね方が悪いのではなかろうか、尋ねる人は誰も時間をいわない。殺人の行われた時間をいわないで、ただ何か物音がしなかったかと聞いている。それでは答えの仕様もない訳だ。もし時間さえハッキリ示し得たならば、この男は、もっと別な答えをすることが出来るのではないだろうか」
 そこで、私は思い切って、三造にだけ時間の秘密を打ちあけて見ることにしました。
「人殺しがあったのは、一昨日の夜の十時半頃ではないかと思うのだよ」私は声を低めていいました。「というのはね、丁度その頃、僕は湯殿の方で変な叫声の様なものを聞いたのだよ。君は気がつかなかったかい」
「ヘエ、十時半頃」すると三造は何か思い当った様に、いくらか、表情をハッキリさせて、「十時半といえば、ああそうかも知れない。旦那、丁度その時分、私は湯殿にいなかったでございますよ。台所の方で夜食を頂いておりましたですよ」
 聞けば、彼は仕事の性質上、就寝時間が遅くなるので、従って食事も他の雇人(やといにん)達よりは、ずっとおくれて、泊り客の入浴が一順すんだ頃を見はからって、とることになっているのだそうです。
「しかし、食事といったって、大した時間でもあるまいが、その僅の間に、あれだけの兇行を演じることが出来るだろうかね。もし君が注意していたなら、食事の前かあとかに、何か物音を聞いているはずだよ」
「ヘエ、それが一向に」
「じゃね、君が台所へ行くすぐ前か、台所から帰ったあとかに、湯の中に人のいる様な()はいはなかったかい」
「ヘエ、そういえば、台所から帰った時に、誰か入っている様でございましたよ」
「覗いて見なかったのだね」
「ヘエ」
「で、それはいつ頃だったろう、十時半頃ではないかね」
「よくは分りませんですが、十時半よりはおそくだと思います」
「どんな音がしていたの、湯を流す様な音だったの」
「ヘエ、馬鹿に湯を使っている様でございました。あんなにふんだんに湯を流すのは、うちの旦那の外にはありませんです」
「じゃその時のはここの旦那だったのかい」
「ヘエ、どうも、そうでもない様で」
「そうでもないって、それがどうして分ったの」
咳払(せきばら)いの音が、どうも旦那らしくなかったので」
「じゃ、その声は君の知らない人のだったの」
「ヘエ、いいえ、何だか河野の旦那の声の様に思いましたですが」
「エ、河野って、あの二十六番の部屋の河野さんかい」
「ヘエ」
「それは君、本当かい。大事な事だよ。(たしか)に河野さんの声だったのかい」
「ヘエ、そりゃもう、確でございます」
 三造は、昂然(こうぜん)として答えました。しかし、私はこの愚ものの言葉を、俄に信用していいかどうか、判断に苦しまないではいられませんでした。初めの曖昧(あいまい)な調子に比べて、今の断定は少しく唐突(とうとつ)の様に見えないでしょうか。そこで、私は更に質問をくり返して、三造の(あやう)げな記憶を確めようと試みましたが、どういう訳か、彼はその時の入浴者が河野であったことを、むやみに主張するばかりで、それについて何の確証もなく、結局私を満足させることは出来ないのでした。

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