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湖畔亭事件(32)

时间: 2021-10-19    进入日语论坛
核心提示:三十二「じゃ、君が殺した殺したといっているのは、あの三造のことだったのですか」「そうですよ。誰だと思っていたのです」「い
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三十二


「じゃ、君が殺した殺したといっているのは、あの三造のことだったのですか」
「そうですよ。誰だと思っていたのです」
「いうまでもない、芸妓の長吉です。この事件には長吉の外に殺されたものはないじゃありませんか」
「ああ、そうそう、そうでしたね」
 私はあっけにとられて、河野の頓狂な顔を見つめました。一体どうしたというのでしょう。この事件には、何か根本的な大錯誤があったのではないでしょうか。
「長吉は死んでやしないのですよ。かすり傷一つ負っていません。ただ姿を隠した切りなんです。僕は自分のことばかり考えていたものだから、つい大切のことをお話しするのを忘れてしまったのですよ。死んだのは三造一人です」
 この事は、覗き眼鏡の影に驚かされた時、私も一応は考えぬではなかったのです。あれはただ狂言に過ぎぬのではないかと。しかしその節も説明して置いた通り、様々の事情が到底そんな想像を許さなかったではありませんか。それ故、今河野の事もなげな言葉を聞いたばかりでは、却て馬鹿にされた様な気がして、俄に信じる気にもなれません。
「本当ですか」私は半信半疑で聞き返しました。「そんな死にもしないものの為に、警察があの様な大騒ぎをやったのですか。僕には何が何だかさっぱり訳が分りません」
御尤(ごもっと)もです」河野は恐縮し切っていいました。「僕がつまらない策略を(ろう)したために、何でもない事が、飛んだ大問題になってしまったのです。そして人間一人の生命を奪うようなことが起ったのです」
「初めから話してくれませんか」
 私はどこから問いかけていいのか、見当さえつき兼ねるままに、彼にこう頼むより外はありませんでした。
「無論それをお話ししようと思っているのです。先ず僕と長吉との深い関係についてお話ししなければなりません。あの女と僕とは実は幼馴染(おさななじみ)なんです。これ(だけ)いえば君には十分想像がつきましょう。幼馴染を忘れ兼ねた僕は彼女が(ほか)の町で勤めに出てからもしばしばおう瀬を重ねていました。尤も貧乏な僕には(ここで私は彼の鞄の中の莫大な紙幣を思い出さない訳には行きませんでした)そうそう彼女の所へ通う自由がありません。のみならず私はこうして旅から旅を歩いている身ですから、時には半年も一年も顔を見ないで過す時もありました。今度がやはりそれで、一年ばかり前にこの地方へ住み換えて来たという噂は耳にしていたのですが、(それが僕をこの山の中へ導いた一つの動機に相違ありません)どの町に何という名で出ているか、少しも知りませんでした。長吉が外ならぬ私の恋人であることを知ったのは、事件のたった一日前のことでした。それまでもあの女は度々湖畔亭へ来ていた筈ですが、どうした訳か一度も出あわなかったのです。それがあの日の前日、ふと廊下ですれ違って、お互に気がつくと、御免下さい、私はそっとあの女を自分の部屋に連れ込んで、まあ積る話をした訳なんです。詳しいことは時間がありませんから省きますが、その時あの女はいきなり泣き出して「死にたい死にたい」といい、遂には私に一しょに死ぬことを迫るのです。一体に内気な女で多少ヒステリーも手伝っていたのでしょうが、最初から芸者稼業がいやであった所へY町へ住みかえて以来、友達らしい友達はなく、朋輩にもいじめられる様なことが多かったらしいのです。そこへ抱主(かかえぬし)因業(いんごう)で、最近持上った例の松村という物持の身受話が段々うるさくなり、うんというか、借金を倍にして(ほか)へ住み(かえ)でもするか、二つに一つののっぴきならぬ場合にさし迫っているのでした。死にたいというのも、あの女の気質にしては、まあ尤もなのです。そんな事情も事情ですが、何よりも私を夢中にしたのはあの女が(いま)だに私を思い続けていてくれる誠意でした。私は出来ることなら、女の手をとって、この世の果てまでも落ちのびたく思ったことでした。
 ところが丁度そこへ、幸か不幸か妙な出来事が突発したのです。たとえ、その突発事件が起ったところで、もう一つの条件がなかったらあんな騒動にもならないで済んだのでしょうが、どうも不運な(といっては虫のいい話ですけれど)事情が揃っていたのですね。もう一つの事情というのは、実は君の覗き眼鏡です。あの仕掛を僕は前以(まえもっ)て知っていたのです。これが僕の悪い癖なんですが、他人の秘密を探る、探偵(へき)とでもいうのでしょうか、その性質が多分にあって、あの装置なども殆ど最初から知っていたばかりか、君の留守中に部屋へ忍び込んであの鏡を覗いて見さえしたのです」
「一寸待って下さい」
 私は河野の言葉の切れ目を待ち構えて、口をはさみました。彼の告白がいつまでたっても、私の疑問の要点に触れぬもどかしさに絶えかねたのです。
「長吉が死んでいないというのは、どうも不合理な気がして仕様がありません。あの脱衣場の夥しい血潮は誰のものなんです。人間の血液だということは医科大学の博士が証明しているじゃありませんか。あれ程の血潮を一体全体どこから持って来たというのです」
「まあそうあせらないで下さい、順序を追ってお話ししないと、僕の方がこんぐらかってしまうのです。その血のことも(すぐ)に御話しますから」
 河野は私の中言(ちゅうげん)を制して置いて、更に彼の長々しき告白を続けるのでありました。

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