彼等の変装は、正体をくらます点に於て極めて巧みではありましたけれど、皆、余りに地味な、或は余りに粗暴な、仮装舞踏会という名称にはふさわしからぬものばかりでした。それに、婦人達の妙に物おじをした様子で、なよなよと歩く風情は、あの活溌な西洋女の様子とは、似ても似つかぬものでありました。
正面の大時計を見ますと、もはや指定の時間も過ぎ、会員だけの人数も揃いました。この中に井上次郎のいない筈はないのだがと、私はもう一度目を見はって、一人一人の異様な姿を調べてゆきました。ところが、やっぱり、疑わしいのは二三見当りましたけれど、これが井上だと云い切ることのできる姿はないのです。荒い碁盤縞の服を着て、同じハンチングをつけた男の肩の恰好が、それらしくも見えます。又、赤黒い色の支那服を着て、支那の帽子をかむり、態と長い辮髪を垂れた男が、どうやら井上らしくも見えます。そうかと思うと、ピッタリ身についた黒の肉襦袢を着て、黒絹で頭を包んだ男の歩きっぷりが、あの男らしくも思われるのです。
朧なる部屋の様子が影響したのでもありましょう。或は又、先にも云った通り、彼等の変装が揃いも揃って巧妙を極めていたからでもありましょう。が、それらの何れよりも、覆面というものが、人を見分け難くする力は恐しい程でありました。一枚の黒布、それがこの不可思議な、または無気味な光景を醸し出す第一の要素となったことは申すまでもないのです。
やがて、お互がお互を探り合い、疑い合って、奇妙なだんまりを演じているその場へ、先程玄関に立っていたボーイ体の男が入って来ました。そして、何か諳誦でもするような口調で、次のような口上を述べるのでありました。
「皆様、長らくお待たせ致しましたが、もはや規定の時間でもございますし、御人数もお揃いのようでございますから、これからプログラムの第一に定めました、ダンスを始めて頂くことに致します。ダンスのお相手を定めますために、予めお渡し申しました番号札を、私までお手渡しを願い、私がそれを呼び上げますから、同じ番号のお方がお一組におなり下さいますよう。それから、甚だ失礼ではございますが、中にはダンスというものを御案内のないお方様がおいでになりますので、今夜は、どなた様も、ダンスを踊るというお積りでなく、ただ音楽に合せまして、手をとり合って歩き廻るくらいのお考えで、御案内のないお方様も、少しも御遠慮なく、御愉快をお尽し下さいますよう。尚お、組合せが極まりましたならば、お興を添えますために、その部屋の電燈をすっかり消すことになっておりますから、これもお含みおきくださいますようお願い致します」
これは多分井関さんが命じたままを復唱したものに過ぎないのでしょうが、それにしても何という変てこな申渡しでありましょう。いずれは狂気めいた二十日会の催しのことですけれど、ちと薬が利きすぎはしないでしょうか。私は、それを聞くと、何となく身のすくむ思いがしたことであります。
さて、ボーイ体の男が番号を読上げるに従って、私達三十四人の男女は、丁度小学生のように、そこへ一緒に並びました。そして、十七対の男女の組合せが出来上った訳です。男同志でさえ、誰が誰だか分らないのですから、まして相手と定った女が何者であるか、知れよう道理はありません。夫々の男女は、朧気な燈光の下に互に覆面を見交して、もじもじと相手の様子を伺っています。流石に奇を好む二十日会の会員達も、いささか立すくみの形でありました。