春泥は須原に向かい合って腰をおろした。須原はボーイを呼んで、ハイボールを注文した。かれはタバコ好きとみえて、灰ざらにタバコが五、六本たまっていた。春泥もタバコを出して火をつけた。
「ここなら普通の声で話してもだれにも聞こえませんね」
「だいじょうぶです。それを確かめてから、ここにきめたのです」
「それじゃ、お話を伺いましょう」
ハイボールが来たので、お互いに、ちょっとささげ合って、口をつけた。
「佐川さん、あなたがただの小説家でないことは、お書きになるものからもじゅうぶん想像されますし、わたしたちは、いくらかあなたのことを調べてもあるのです。ですから、秘密はお互いさまというものです。こちらも安心してお話しできるわけですよ」
須原と名のる男は、この話しぶりでもわかるように、なかなか頭の鋭い男らしく見えた。細面の青ざめた顔をしている。小がらで力はなさそうだが、こういう男はおそろしく肝が太くて、かみそりのような切れ味を持っている場合が多い。年は三十五、六に見えた。
「わたしたちとおっしゃると?」
春泥もゆだんはしなかった。
「三人の仲間です。会社のようなものを作っているのです。そのうちひとりは女です。いずれお引き合わせしますよ」
「ここにおられるのですか」
「いや、ここはぼくひとりです。ここのマスターも別に知り合いじゃありません。ご心配には及びません」
「で、用件は?」
「われわれは、あなたの秘密も多少知っているのですから、こちらの秘密もある程度うちあけます。秘密はお互いに厳守するという約束でね」
「わかりました」
「実は、おり入ってお願いがあるのです。それについては、ぼくたちの会社の性質を説明しないとわかりませんが、これはぼくたちは妻にも恋人にもうちあけない、三人だけの絶対の秘密ですから、そのおつもりで。あなたに話せば、世界じゅうで四人だけが知っていることになります。もし、これっぽっちでも漏らせば、その人の命はたちどころに失われます。わかりましたか」
表のほうで電蓄が音楽をやっているので、須原のボソボソ声は、春泥にさえ聞きとりにくいほどであった。
「秘密結社のたぐいですね」
「まあそうです。しかし、結社といわないで、会社といっております。また、思想的な組合でもありません。実は、営利会社なのです。むろん、登録した会社ではありません。営利を目的とするものですから、まあかってに会社と呼んでいるわけです。その会社の名をいえば、秘密のほとんど全部がわかってしまいます。それが最大の秘密なのです。しかし、こうしてお呼びたてした以上、それをいわなければ、お話ができません。あなたは犯罪小説家ですから、たいして驚かれることもないでしょうが、気をおちつけて聞いてください」
須原はそこでぐっと前にからだをのり出して、春泥の耳に口をつけんばかりにしてささやいた。
「殺人請負会社です」
かれの口は異様に大きかった。青白い顔にくちびるだけがまっかだった。この青白さは病身のせいではなく、生まれながらの殺人者の相貌なのであろう。
「おもしろいですね。それで、営業方法は?」
春泥はにこやかに聞き返した。
「さすがは佐川さんですね。少しも驚かないところが気に入りました。営業方法とおっしゃるのですか。ウフフフ、こいつは宣伝するわけにいきませんからね。といって、だまってっちゃあ、おとくいはやって来ません。それで、われわれ三人の重役の仕事は、おとくいさまを捜し歩くことなんです。いわば探偵みたいな仕事ですね。しかし、犯人を捜すのでなくて、金持ちで人を殺したがっているやつを捜すのです。そして、いくらいくらという値段をきめて、代理殺人をやるのです」
「なるほど、おもしろい商売ですね。しかし、それで営業になりますか。命がけでしょうからね。よほどの利潤がないと……」