電話の声
俊一君のおうちの池の事件があってから、また三日ほどたったある日のこと、
黒いビロードのだぶだぶの上着をきて、大きな赤いネクタイをむすび、かみの毛をながくのばした、画家か詩人のような、三十五―六の男です。大きなめがねをかけています。
この人は
「じつにおどろくべき怪物が、あらわれましたね。あなたの助手のマユミさんがおそわれたところをみると、どうやら、あなたに挑戦しているらしいではありませんか。」
人見さんが、ひたいにたれかかる長いかみを、指でかきあげながらいうのです。
「そうかもしれません。とほうもないことを考えだすやつも、あるものですね。」
明智が、にこやかに答えます。
「それにしても、空に巨人の顔があらわれたり、池の中から、巨人の顔が、浮きあがったりしたのは、いったい、どういうしかけでしょうね。あなたは、あれも、人間のしわざとお考えですか。」
「むろん、そうですよ。ぼくには、手品の種もおおかたは、わかっています。」
「え、おわかりですって? ほう、そいつは、すばらしい。ひとつ、ぼくに聞かせてもらいたいものですね。」
「いや、それは、もうすこし待ってください。いつか、あなたに、くわしくお話しするときがあるでしょうから。」
そんな話をしているところへ、助手のマユミさんが、コーヒーを持ってはいってきて、ふたりのまん中のテーブルにおきました。
「あ、マユミさん。もうすっかり元気におなりですね。しかし、このあいだの晩は、おどろいたでしょう。」
人見さんが、声をかけますと、マユミさんは、はずかしそうに、ニッコリ笑って答えました。
「ええ、ふいに、あんな恐ろしいかげが、あらわれたものですから……。」
そのとき、となりの書斎のデスクの上においてある電話のベルが鳴りだしたので、明智はそこへはいっていって、受話器を耳にあてました。すると、ウワン、ウワン、ウワン、ウワンと、みょうな音が聞こえます。耳なりかと思いましたが、そうでなくて、むこうの電話口で、そんな音がしているのです。二十秒ほどで、その音がやむと、こんどは、へんなしわがれ声が聞こえてきました。
「きみは明智先生かね。」
「そうです。あなたはどなたですか。」
「いまの音を聞かなかったかね。あの音で、さっしがつかないかね。」
おばけのような、気味のわるい声です。明智探偵は、さてはと、感づきましたが、わざと、だまっていますと、せんぽうは、いよいよ、気味のわるいことをいいだすのです。
「きみの助手のマユミを用心したまえ。いいかね。いまから三日ののち、今月の十五日に、マユミは消えてなくなるのだ。きみがいくら名探偵でも、それをふせぐことはできない。……十五日を用心したまえ。」
そういったかと思うと、またしても、ウワン、ウワン、ウワンという、いやな音が、受話器の中から、ひびいてきました。
明智探偵は、そのまま受話器をかけて、にこにこ笑いながら、客間にもどってきました。人見さんは、その顔を、いぶかしげに見つめています。
マユミさんが、部屋を出ていくのを待って、明智探偵が口をひらきました。
「人見さん、あなたのおっしゃるとおりでしたよ。やつは、挑戦してきました。」
「えっ、あの怪物がですか。」
「そうです。今月の十五日に、マユミを消してみせるというのです。」
「えっ、消してみせる?」
「つまり、誘拐するというのでしょうね。予告の犯罪というやつですよ。」
そういいながら、明智はへいきで、にこにこしています。
「そうすると、あの巨人は、やっぱり、ふつうの人間だったのですね。しかし、だいじょうぶですか。あいては魔法つかいみたいな怪物ですからね。」
「あいてが魔法つかいなら、こっちも魔法を使うばかりですよ。まあ、見ていてください。」
明智は、自信たっぷりです。
「でも、犯罪を予告してくるほど
小説家の人見さんは、いかにも心配らしく、いうのです。
「そういう怪物とたたかうのが、ぼくの役目ですよ。けっして、ひけはとりませんから、ご安心ください。」
明智探偵は、人見さんを、ぐっとにらみつけながら、きっぱりと、いいきるのでした。