黒い怪物
その夕方のことです。マユミさんは、おとうさんの花崎検事のおうちに、用事があって出かけた帰り道、電車をおりて、
明るいうちに帰るつもりだったのが、ついおそくなって、もう、あたりは、うす暗くなっています。
かたがわは長いコンクリートべい。かたがわは、草のはえた広い
ふと気がつくと、むこうの電柱のかげに、黒い大きなふろしき包みのようなものが、おいてあります。
「どこかの店員が、おきわすれていったのかしら?」
と思いましたが、ふろしき包みにしては、なんだか、へんなかっこうです。まるで、まっ黒なでこぼこの、大きな岩のように見えるのです。
マユミさんは、ふと恐ろしくなって、立ちどまりました。そして、じっとにらんでいますと、むこうの黒いものも、こちらを、にらんでいるような気がします。目はないけれども、なんだかにらんでいるような感じなのです。
マユミさんは、ギョッとしました。黒いものが、かすかに動いたように思ったからです。
「やっぱりそうだわ。あれは、怪物がばけてるんだわ。」
そう思うと、にわかに、胸がどきどきしてきました。そして、もと来たほうへ、ひきかえそうとしましたが、うしろをむけば、黒いやつが、いきなり、とびかかってきそうで、逃げることもできません。
マユミさんは、ヘビにみいられたカエルのように、じっと立ちすくんで、その黒いものを見つめているほかはないのでした。
やっぱりそうです。黒いものは、動いているのです。もぞもぞと動いているのです。
やがて、黒いものが、ヌーッと上のほうにのびました。そして、ふわ、ふわと、こちらへ近づいてくるではありませんか。
マユミさんは、からだが、しびれたようになって、声をたてることも、どうすることも、できません。
それは人間の形をしていました。人間が黒い大きなきれを、頭からかぶって、電柱のかげにうずくまっていたのです。
そいつは、まっ黒な幽霊のように、ふわふわと、こちらへやってきます。そして、三メートルほどに近づいたとき、かぶっていた黒いきれを、パッとひらいて、顔を見せました。
ああ、その顔! マユミさんは、まだ見ていなかったけれど、渋谷の空にあらわれた巨大な顔、俊一君が見た池の中の巨人、あれとそっくりの恐ろしい顔が、そこにあったのです。
夕やみの中で、はっきりは見えませんが、顔ぜんたいが、ぼんやりと白っぽくて、大きな目が、ぎょろりと、こちらをにらんでいます。
そいつが、グワッと、口をひらきました。耳までさけた大きな口、白い二本の牙が、ニューッととびだしています。
「マユミ、おまえの運命を聞かせてやろう。今月の十五日、おまえは、この世から消えてしまうのだ。ある部屋の中から、
いいおわると、どこからともなく、ウワン、ウワン、ウワン、ウワン、ウワンと、あのいやな音が聞こえてきました。銀座や渋谷のときのような、大きな音ではありません。もっと、ずっと小さな、やっと二十メートル四方に聞こえるぐらいの音でした。
「ウワン、ウワン、ウワン、ウワン……。」
怪物は黒いきれを、頭からかぶって、サーッと、原っぱの中へ、遠ざかっていきます。それとともに、あの音も、だんだん、かすかになり、ついにまったく、聞こえなくなってしまいました。マユミさんは、しばらくのあいだ、魔法にしばられたように、足を動かすこともできないで、ぶるぶるふるえながら立っていましたが、やっと、魔法がとけたのか、からだが動くようになったので、そのまま、いちもくさんに、明智事務所に向かってかけだしました。