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阴兽(一)

时间: 2022-04-10    进入日语论坛
核心提示:陰獣江戸川乱歩一 私は時々思うことがある。探偵小説家というものには二種類あって、一つの方は犯罪者型とでも云(い)うか、犯罪
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陰獣

江戸川乱歩

 

 私は時々思うことがある。探偵小説家というものには二種類あって、一つの方は犯罪者型とでも()うか、犯罪ばかりに興味を持ち、仮令(たとえ)推理的な探偵小説を書くにしても、犯人の残虐(ざんぎゃく)な心理を思うさま書かないでは満足しない様な作家であるし、もう一つの方は探偵型とでも云うか、ごく健全で、理智的な探偵の径路にのみ興味を持ち、犯罪者の心理などには一向(いっこう)頓着(とんちゃく)しない様な作家であると。そして、私がこれから書こうとする探偵作家大江春泥(おおえしゅんでい)は前者に属し、私自身は恐らく後者に属するのだ。(したが)って私は、犯罪を取扱う商売にも(かかわ)らず、ただ探偵の科学的な推理が面白いので、(いささ)かも悪人ではない。いや恐らく私(ほど)道徳的に敏感な人間は少いと云ってもいいだろう。そのお人()しで善人な私が、偶然にもこの事件に関係したというのが、(そもそ)も事の間違いであった。()し私が道徳的にもう少し鈍感であったならば、私にいくらかでも悪人の素質があったならば、私はこうまで後悔しなくても済んだであろう。こんな恐ろしい疑惑の(ふち)に沈まなくても済んだであろう。いや、それどころか、私はひょっとしたら、今頃は美しい女房と身に余る財産に恵まれて、ホクホクもので暮していたかも知れないのだ。
 事件が終ってから、大分(だいぶ)月日がたったので、ある恐ろしい疑惑は(いま)だに解けないけれど、私は生々(なまなま)しい現実を遠ざかって、いくらか回顧的(かいこてき)になっている。それでこんな記録めいたものも書いて見る気になったのだが、そして、これを小説にしたら、仲々面白い小説になるだろうと思うのだが、(しか)し私は終りまで書くことは書いたとしても、(ただ)ちに発表する勇気はない。何故(なぜ)と云って、この記録の重要な部分を()す所の小山田(おやまだ)氏変死事件は、まだまだ世人(せじん)の記憶に残っているのだから、どんなに変名を用い、潤色(じゅんしょく)を加えて見た所で、誰も単なる空想小説とは受取ってくれないだろう。随って、広い世間にはこの小説によって迷惑を受ける人もないとは限らないし、又私自身それが分っては恥しくもあり不快でもある。というよりは、本当を云うと私は恐ろしいのだ。事件そのものが、白昼の夢の様に、正体の(つか)めぬ、変に不気味な事柄(ことがら)であったばかりでなく、それについて私の(えが)いた妄想が、自分でも不快を感じる様な恐ろしいものであったからだ。私は今でも、それを考えると、青空が夕立雲で一杯になって、耳の底でドロンドロンと太鼓(たいこ)の音みたいなものが鳴り出す。そんな風に眼の前が暗くなり、この世が変なものに思われて来るのだ。
 そんな訳で、私はこの記録を(いま)()ぐ発表する気はないけれど、いつかは一度、これを(もと)にして私の専門の探偵小説を書いて見たいと思っている。これは()わばそのノートに過ぎないのだ。やや詳しい心覚えに過ぎないのだ。私は、だから、これを正月のところ()けで、あとは余白になっている古い日記帳へ、丁度長々しい日記でもつける気持で、書きつけて行くのである。

 私は事件の記述に先だって、この事件の主人公である探偵作家大江春泥の人となりについて、作風について、又彼の一種異様な生活について、詳しく説明して置くのが便利であるとは思うのだけれど、実は私は、この事件が起るまでは、書いたものでは彼を知ってもいたし、雑誌の上で議論さえしたことがあるのだけれど、個人的の交際もなく、彼の生活もよくは知らなかった。それをやや詳しく知ったのは、事件が起ってから、私の友達の本田(ほんだ)という男を通じてであったから、春泥のことは、私が本田に聞合(ききあわ)せ調べ(まわ)った事実を書く時に(しる)すこととして、出来事の順序に従って、私がこの変な事件に()き込まれるに至った、最初のきっかけから筆を起して行くのが、最も自然である様に思う。
 それは昨年の秋、十月なかばのことであった。私は古い仏像(ぶつぞう)が見たくなって、上野(うえの)の帝室博物館の、薄暗くガランとした部屋部屋を、足音を忍ばせて歩き廻っていた。部屋が広くて人気(ひとけ)がないので、一寸(ちょっと)した物音が(こわ)い様な反響を起すので、足音ばかりではなく、(せき)ばらいさえ(はば)かられる様な気持だった。博物館というものが、どうしてこうも不人気(ふにんき)であるかと疑われる程そこには人の影がなかった。陳列棚の大きなガラスが冷く光り、リノリウムには小さなほこりさえ落ちていなかった。お寺のお堂みたいに天井の高い建物は、まるで水の底にでも()る様に、森閑(しんかん)と静まり返っていた。
 丁度私が、ある部屋の陳列棚の前に立って、古めかしい木彫の菩薩像(ぼさつぞう)の、夢の様なエロティクに見入っていた時、うしろに、忍ばせた足音と、(かす)かな(きぬ)ずれの音がして、誰かが私の方へ近づいて来るのが感じられた。私は何かしらゾッとして、前のガラスに映る人の姿を見た。そこには、今の菩薩像と影を重ねて、黄八丈(きはちじょう)の様な(がら)(あわせ)を着た、品のいい丸髷(まるまげ)姿の女が立っていた。女はやがて私の横に肩を並べて立止り、私の見ていた同じ仏像にじっと眼を注ぐのであった。
 私は、あさましいことだけれど、仏像を見ている様な顔をして、時々チラチラと女の方へ眼をやらないではいられなかった。それ程その女は私の心を()いたのだ。彼女は青白い顔をしていたが、あんなに好もしい青白さを私は()つて見たことがなかった。この世に若し人魚というものがあるならば、きっとあの女の様な優艷(ゆうえん)な肌を持っているに相違ない。どちらかと云えば昔風の瓜実顔(うりざねがお)で、(まゆ)も鼻も口も首筋も、肩も、(ことごと)くの線が優に弱々しく、なよなよとしていて、よく昔の小説家が形容した様な、(さわ)れば消えて行くかと思われる風情(ふぜい)であった。私は今でも、あの時の彼女のまつげの長い、夢見る様なまなざしを忘れることは出来ない。
 どちらが初め口を切ったのか、私は今妙に思い出せぬけれど、恐らくは私が何かのきっかけを作ったのであろう。彼女と私とはそこに並んでいた陳列品について二言三言口を()き合ったのが縁となって、それから博物館を一巡して、そこを出て上野の山内(さんない)山下(やました)へ通り抜けるまでの長い間、道づれとなってポッツリポッツリと、色々の事を話し合ったのである。
 そうして話をして見ると、彼女の美しさは一段と風情を増して来るのであった。中にも彼女が笑う時の、恥らい勝ちな、弱々しい美しさには、私は何か古めかしい油絵の聖女の像でも見ている様な、又はあのモナリザの不思議な微笑を思い起す様な、一種異様の感じにうたれないではいられなかった。彼女の糸切歯(いときりば)は真白で大きくて、笑う時には、(くちびる)(はし)がその糸切歯にかかって、謎の様な曲線を作るのだが、右の(ほお)の青白い皮膚(ひふ)の上の大きな黒子(ほくろ)が、その曲線に照応して、何とも云えぬ優しく(なつか)しい表情になるのだった。
 だが、若し私が彼女の(うなじ)にあの妙なものを発見しなかったならば、彼女はただ上品で優しくて弱々しくて、触れば消えてしまいそうな美しい人という以上に、あんなにも強く私の心を惹かなかったであろう。彼女は巧みに衣紋(えもん)をつくろって、少しも(わざ)とらしくなく、それを隠していたけれど、上野の山内を歩いている間に、私はチラと見てしまった。彼女の項には、恐らく背中の方まで深く、赤痣(あかあざ)の様な太い蚯蚓脹(みみずば)れが出来ていたのだ。それは生れつきの痣の様にも見えたし、又、そうではなくて、近頃出来た傷痕(きずあと)の様にも思われた。青白い(なめら)かな皮膚の上に、恰好(かっこう)のいいなよなよとした項の上に、赤黒い毛糸を()わせた様に見えるその蚯蚓脹れが、その残酷味が、不思議にもエロティクな感じを与えた。それを見ると、今迄(いままで)夢の様に思われた彼女の美しさが、(にわ)かに生々しい現実味を伴って、私に迫って来るのであった。
 話している間に、彼女は合資会社碌々商会の出資社員の一人である実業家小山田六郎(ろくろう)氏の夫人、小山田静子(しずこ)であったことが分って来たが、(さいわい)なことには、彼女は探偵小説の読者であって、(こと)に私の作品は好きで愛読しているということで(それを聞いた時私はゾクゾクする程(うれ)しかったことを忘れない)つまり作者と愛読者の関係が私達を少しの不自然もなく親しませ、私はこの美しい人と、それきり別れてしまう本意なさを(あじわ)わなくて済んだ。私達はそれを機縁に、それから度々(たびたび)手紙のやり取りをした程の間柄(あいだがら)なったのである。
 私は、若い女の(くせ)人気(ひとけ)のない博物館などへ来ていた静子の上品な趣味も好ましかったし、探偵小説の中でも最も理智的だと云われている私の作品を愛読している彼女の好みも懐しく、私は(まった)く彼女に(おぼ)れ切ってしまった形で、誠に屡々(しばしば)彼女に意味もない手紙を送ったものであるが、それに対して、彼女は一々鄭重(ていちょう)な、女らしい返事をくれた。独身(ひとりもの)(さび)しがりやの私は、この様なゆかしい女友達を得たことを、どんなに喜んだことであろう。

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