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阴兽(五)

时间: 2022-04-10    进入日语论坛
核心提示:五 私達は色々相談をした末、結局私が「屋根裏の遊戯」の中の素人(しろうと)探偵の様に、静子の居間の天井裏へ上(あが)って、そ
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 私達は色々相談をした末、結局私が「屋根裏の遊戯」の中の素人(しろうと)探偵の様に、静子の居間の天井裏へ(あが)て、そこに人のいた形跡があるかどうか、若しいたとすれば、一体どこから出入(しゅつにゅう)したのであるかを、確めて見ることになった。静子は、「そんな気味の悪いことを」と云ってしきりに止めたけれど、私はそれをふり切って、春泥の小説から教わった通り、押入れの天井板をはがして、電燈工夫の様にその穴の中へもぐって行った。丁度邸には、さっき取次に出た少女の外に誰れもいなかったし、その少女も勝手元の方で働いている様子だったから、私は誰に見とがめられる心配もなかったのだ。
 屋根裏なんて、決して春泥の小説の様に美しいものではなかった。古い家ではあったが、暮の煤掃(すすはき)の折、灰汁洗屋(あくあらいや)を入れて、天井板をはずしてすっかり洗わせたとのことで、ひどく汚くはなかったけれど、それでも、三(つき)の間にはほこりも積んでいるし、蜘蛛(くも)の巣もはっていた。第一真暗でどうすることも出来ないので、私は静子の家にあった手提(てさげ)電燈を借りて、苦心をして(はり)を伝いながら、問題の箇所へ近づいて行った。そこには、天井板に隙間が出来ていて、多分灰汁洗をした為に、そんなに板がそり返ったのであろう、下から薄い光がさしていたので、それが目印になった。だが、私は半(げん)も進まぬ内にドキンとする様なものを発見した。私はそうして屋根裏に上りながらも、実はまさかまさかと思っていたのだが、静子の想像は決して間違っていなかったのだ。そこには梁の上にも、天井板の上にも、確かに最近人の通ったらしい跡が残っていた。私はゾーッと寒気を感じた。小説を知っている丈けで、まだ逢ったことのない、毒蜘蛛の様な、あの大江春泥が、私と同じ恰好(かっこう)で、その天井裏を這い廻っていたのかと思うと、私は一種名状(めいじょう)しがたい戦慄に襲われた。私は堅くなって、梁のほこりの上に残った手だか足だかの跡を追って行った。時計の音のしたという場所は、なるほど、ほこりがひどく乱れて、そこに長い間人のいた形跡があった。
 私はもう夢中になって、春泥と(おぼ)しき人物のあとをつけ始めた。彼は殆ど家中の天井裏を歩き廻ったらしく、どこまで行っても、梁の上のほこりの(あと)は尽きなんだ。そして、静子の居間と静子()の寝室の天井に、板のすいた所があって、その箇所丈けほこりが余計に乱れていた。
 私は屋根裏の遊戯者を真似て、そこから下の部屋を(のぞ)いて見たが、春泥がそれに陶酔したのも決して無理ではなかった。天井板の隙間から見た「下界」の光景の不思議さは、誠に想像以上であった。殊にも、丁度私の目の下にうなだれていた静子の姿を眺めた時には、人間というものが、目の角度によっては、こうも異様に見えるものかと驚いた程であった。我々はいつも横の方から見られつけているので、どんなに自分の姿を意識している人でも、真上から見た恰好までは考えていない。そこには非常な隙がある筈だ。隙がある丈けに少しも飾らぬ生地(きじ)のままの人間が、やや無恰好に曝露(ばくろ)されているのだ。静子の艶々(つやつや)した丸髷には、(真上から見た丸髷というものの形からして、已に変であったが)前髪と髷との間の(くぼ)みに、薄くではあったが、ほこりが溜って、(ほか)綺麗(きれい)な部分とは比較にならぬ程(よご)れていたし、髷に続く(うなじ)の奥には、着物の襟と背中との作る谷底を真上から覗くので、脊筋(せすじ)の窪みまで見えて、そして、そのねっとり青白い皮膚の上には例の毒々しい蚯蚓脹れが、ずっと奥の暗くなって見えぬ所までも、いたいたしく続いているのだ。上から見た静子は、やや上品さを失った様ではあったが、その代りに、彼女の持つ一種不可思議なオブシニティが一層色濃く私に迫って来るのを感じた。
 それは()(かく)、私は何か大江春泥を証拠立てる様なものが残されていないかと、手提電燈の光を近づけて、梁や天井板の上を調べ廻ったが、手型も足跡も、皆曖昧(あいまい)で、無論指紋などは識別されなかった。春泥は定めし「屋根裏の遊戯」をそのままに、足袋(たび)や手袋の用意を忘れなかったのであろう。ただ一つ、丁度静子の居間の上の、梁から天井をつるした(ささ)え木の根元の、一寸目につかぬ場所に、小さな鼠色(ねずみいろ)の丸いものが落ちていた。艶消(つやけし)の金属で、うつろな椀の形をしたボタンみたいなもので、表面にRBROSCOという文字が浮彫りになっていた。それを拾った時私はすぐ様「屋根裏の遊戯」に出て来るシャツのボタンを思い出したが、併し、その品はボタンにしては少し変だった。帽子の飾りか何かではないかとも思ったけれど、確かなことは分らぬ。あとで静子に見せても、彼女も首をかしげるばかりであった。
 無論私は、春泥がどこから天井裏に忍び込んだかという点をも綿密に調べて見た。ほこりの乱れた跡をしたって行くと、それは玄関横の物置きの上で止まっていた。物置きの粗末な天井板は、持上げて見ると(なん)なくとれた。私はそこに投込んである椅子(いす)のこわれを足場にして、下におり、内部から物置きの戸を()けて見たが、その戸には錠前がなくて、訳もなく開いた。そのすぐ外には、人の(せい)よりは少し高いコンクリートの塀があった。恐らく大江春泥は、人通りのなくなった頃を見はからって、この塀をのり越え、(塀の上には前にも云った様にガラスの破片が植えつけてあったけれど、計画的な侵入者にはそんなものは問題ではないのだ)今の錠前のない物置から、屋根裏へ忍び込んだものであろう。
 そうしてすっかり種が分ってしまうと、私は(いささ)かあっけない気がした。不良少年でもやり相な、子供らしい悪戯(いたずら)じゃないかと、相手を軽蔑してやり度い気持だった。妙なえたいの知れぬ恐怖がなくなって、その代りに現実的な不快ばかりが残った。(だが、そんな風に相手を軽蔑してしまったのは、飛んでもない間違いであったことが、(あと)になって分った)静子は無性に怖がって、主人の身には換えられぬから、彼女の秘密を犠牲にしても、警察の手を(わずら)わす方がよくはないかと云い出したが、私は相手を軽蔑し始めていたものだから、彼女を制して、まさか「屋根裏の遊戯」にある天井から毒薬をたらす様な、馬鹿馬鹿しい真似が出来る筈はないし、天井裏へ忍込んだからと云って、人が殺せるものではない。こんな怖がらせは、如何にも大江春泥らしい稚気(ちき)で、こうしてさも何か犯罪を企らんでいる様に見せかけるのが、彼の手ではないか。高が小説家の彼に、それ以上の実行力があろうとは思われぬ。という風に彼女を慰めたのであった。そして、余り静子が怖がるものだから、気休めに、そんなことを好きな私の友達を頼んで、毎夜物置の(あたり)の塀外を見張らせることを約束した。静子は丁度西洋館の二階に客用の寝室があるのを幸、何か口実を(もう)けて、当分彼女達夫婦の寝間(ねま)をそこへ移すことにすると云っていた。西洋館なれば、天井の隙見なぞ出来ないのだから。
 そして、この二つの防禦(ぼうぎょ)方法は、その翌日から実行されたのであったが、だが、陰獣大江春泥の恐るべき魔手は、その様な姑息(こそく)手段を無視して、それから二日後の三月十九日深夜、彼の予告を厳守し、遂に第一の犠牲者を屠ったのである。小山田六郎氏の息の根を絶ったのである。

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